「寺山修司」の検索結果 16 件

ぶうらぶら

... ある)は合流渋滞、小倉山トンネルはサグ渋滞のメッカとなるだろう。 まあ、いいや….. 7月22日のこと。圏央道を使って行ったのは寺山修司のお墓。 いやいや「僕が行った」というよりは「長女と一緒に行った」というのが正しいかも。娘は「ポケットに名言を」と出会い「絶望先生」と ...

管理人のたわごと

... あ、そのおかげで現存するテープには貴重なラジオ音源があれこれ収録されているのも事実。歴史的には「いい買い物」だったのかもしれません。 この「寺山修司」と書かれたカセットには彼の脚本による「コメット・イケヤ」というラジオドラマが収録されています。「コメット・イケヤ」は1966年にイタリ ...

歴史の切れ端, 音楽のツボ

... けば雪が降る もういいかい まあだだよ 3 探しあてればあの人は 今じゃ子もある妻もある あたしは鬼のままで泣く もういいかい まあだだよ 寺山修司が作詞したこの曲は、日吉ミミの11枚目のシングルとして1972年(昭和47年)2月25日にリリースされた。 事件マニアな人ならば、この日 ...

歴史の切れ端

... モボ・モガの時代」を生きた祖父に関して忘れられないエピソードがある。 僕が大学生の頃だったろうか、何かの機会に親戚で集まった時、僕と姉の間で寺山修司の話題になった。 それを聞いていた祖父が唐突に「あの人は、のぞきで捕まったようなおかしな人じゃったけど、天才じゃからああいう行動をしたん ...

ライブレポ, ライブレポ(教室関係)

阿佐ヶ谷ですよ、阿佐ヶ谷。 自分が生まれた街で、自分の「田舎」だった街。 そういえば生まれて初めて横浜から電車に乗って遠出したのもこの街。 そんな阿佐ヶ谷のライブハウス「Oil City」で栞(しおり)さんのライブがあった。同行してくれたのはのりちゃんセンセ。 ここは僕の生まれた病院 ...

管理人のたわごと

... 桜の風景。哲学堂公園前の交差点より撮影。 これより近づくと配水塔は建物の谷間に見えなくなってしまうため、これがギリギリのアングルだった。 寺山修司はかつて「書を捨てよ町へ出よう」と説いた。今でいえばさしずめ「ネットを切れ町へ出よう」だろう。ネットなど「外界への扉」でも何でもない。そ ...

おみおくり

... 、メインストリームのことか、アンダーグラウンドなことか、その全部を一生懸命に考える年頃でして、そんなパーツのひとつとして、僕がハマったものに寺山修司がいた。 この人ぐらいマルチメディアな人はいなかった。ウィキペディアの「寺山修司」をみると、「詩人、歌人、俳人、エッセイスト、小説家、評 ...

ぶうらぶら

... 飛び込む。美術展なんて行くのは何年ぶりだろう。 林静一はロッテ「小梅ちゃん」パッケージのイラストを書いている画家。サブカル好きには70年代の寺山修司の演劇ポスターや雑誌「ガロ」に連載されていた漫画「赤色エレジー」が有名だ。このマンガをモチーフにして、フォークシンガーのあがた森魚は名曲 ...

下山事件資料館

... 式会社ミューズポート代表取締役、渋滞抜け道研究会、 この世から忘れ去られたもの研究会会員好きなキーワード:音楽・鍵盤・古写真・事件事故災害・寺山修司・歴史的音源・引っ越し・間取り・泡沫候補・黒澤明・戦前・泉鏡花・The Who・ムッシュかまやつ・抜け道・旧道・峠・トンネル・廃墟・長野 ...

歴史の切れ端

... 怖にうち震える6軒の家の玄関に、シルクハットの男が立った。 「おはようございます、おそれ入りますが、煙草の火を貸してくれませんか?」 これは寺山修司が行った「書簡演劇」の一貫だった。寺山はこの街(杉並区成田東)を舞台に、書簡による様々なパフォーマンスを行ったのだった。 葉書の受取人は ...