歌舞伎座の解体に間に合った話

今から3年前の話(2010年9月20日)。
当時13歳だった長女を連れて銀座東劇に映画「京都太秦物語」を見に行った。
(この時のことは”「京都太秦物語」 -京都太秦の頃-“に書いている。)

上映まで時間があったので、その辺りをぶらぶらしていたら....歌舞伎座の解体工事を行っているのに出くわした。
歌舞伎座解体中
人生の中で、たった一回だけ旧歌舞伎座に行ったことがあるけど、格別の思い入れのあるという建物ではない。
だけどこうやって無機質なウォール(専門用語がわからん!)を見させられると「ああ、あの建物は壊されてもうないんだなぁ~」という切ない気持ちになる。気が付けば当たり前のようにいつも「ここ」にあったから、それが地上から消え去ったことに、何とも言えない感慨を抱いたのだ。
旧歌舞伎座
(「あの建物」2006年撮影)

近寄って「解体工事のお知らせ」を見てみると、あと10日ほどで解体も終わるらしい。
歌舞伎座解体工事
ところが、よくよく見上げてみると、まだ建物の一部が残っているようだ。
「あれを記念に撮影できないものだろうか?」
そういうことを考えると、行動は早い。建物の東南に面した路地に入ってみることにした。

大きな地図で見る
(その路地あたり)

建物の周囲はぐるりと高いパネルに囲まれていて、ちょっとやそっとじゃ内部を覗き込めないようになっている。
だけど、数十メートル歩いてみたら、一か所だけ工事用車両が出入りする扉の所が低くなっていた。
その扉の前でジャンプして覗いてみると、旧歌舞伎座の正面部分がまだ一部残っているではないか。

僕は長女に言った。
「俺が肩車するから、お前、このカメラで撮影してくれない?」
すると長女は「えー」と嫌そうに言った。
当たり前だ、銀座の街中で父親に肩車されたい中学二年生などいるわけがない。
「じゃあ、こうしよう。俺がお前の足を抱きあげる。それだったらいいだろう?」
長女は渋々それを承諾した。

長女には手当り次第のアングルとズームで撮影させた。その14枚の画像は、旧歌舞伎座の最後の瞬間をとらえたものとなった。
その中から4枚を紹介する。
解体寸前の旧歌舞伎座
(解体を待つ旧歌舞伎座東側の角部分)
解体寸前の旧歌舞伎座
(旧歌舞伎座の3階部分)
解体寸前の旧歌舞伎座 2階
(2階部分)
旧歌舞伎座大屋根
(大屋根の破風)

ずいぶん面白い「壊し方」だし、あるいは建物の一部をそのまま残して有効活用でもするのかな?と思ったぐらいだ。
残された部分の中でも2階部分の重厚な木製扉は、もらって帰りたいぐらいの輝きを「廃墟」の中で光らせていた。

この時の解体工事について、歌舞伎座の公式サイトに「解体工事を振り返って」という記事があった。そこには解体工事業者の証言を次のように紹介していた。

「気がついたら建物が無くなっていたね」と思っていただけることを目標に、できる限り晴海通り側の劇場正面部分を残すよう建物の裏側から解体を進め、最後に正面玄関部分を取り壊しました。

新しい歌舞伎座
新しい歌舞伎座
今年(2013年)の2月に竣工した新しい歌舞伎座は背後に地上29階建の「歌舞伎座タワー」をしたがえながらも、旧歌舞伎座とほとんど変わらぬ外観を保っている。

以前とは見た目が変わらないのだけど、ハイテクマシーンと化している。
なぜかシュワルツネッガーとキャシャーンを思い出した。