- 2008-11-17 (月) 2:15
- ライブレポ(教室関係)
高円寺駅の真東にあるStudio Kとは対照的、昭和の雰囲気がプンプン漂う駅の東のガード下に無力無善寺はある。

もともとここは59喉に教えてもらった。おそらく日本のライブハウスの中でも最も異形の空間かもしれない。最低のライブハウスかもしれない、あるいは最高のライブハウスかもしれない。
通常の出演であれば、2000円払えば誰でも出演できる。チャージ料も一緒だ。出演するのに条件はない。
無善寺のサイトには、以下のように書いてある(一部放送禁止用語省略)。
極楽往生したい人、俺はジョンレノンよりすぐれていると思っている人、ネコ好きな人犬も可、頭がおかしい人、寂しい人、無善法師のひどさに耐えられる人(本当にひどい)、有名になりたいと思っている人、たった1人のために歌いたいとおもっている人、ほめられなくともいい人(ほめません)、神、仏の救いを信じてる人恨んでいる人、やきとりで一杯が好きな人、臆病な人、愛がある人ない人、自殺を考えている人、死にたくない人、悩むだけ無駄な人、どんな悪人でも救われると思っている人、宇宙人に会いたい人....うちのねこ メリーチャンのえさ代のためにライブして お願い
自分が何らかの手段で「表現をしたい」と思ったら、それでいい。それが基本的な考え方らしい。
「さまよい歩く”音楽の生霊”が成仏できずに漂っている、そんな場所だ」と最近の記事で書いたけど、本当にそう思う。
店主の無善法師からして異形の人だ。
「時折発狂します、その場合は逃げて下さい、逃げて下さい。死ねば誰にも迷惑かけずにすむことはわかっていますが、臆病のため死にきれません」と、トイレに注意書きがあった。
本当の無善法師は、自分の人生が人生だけに、人の心の弱さがよくわかる、そういう意味において強く温かい人間である。

さて、この日(3週目の土曜日)は「即興の夕べ」というイベントがあった。
1500円払えば、誰でもフリーセッションに参加できる。曲てらバックにポエムを読んでもよし、奇声を発してもよし、ダンスをしてもよし....そもそもセッション自体にも規則などない、勝手気ままに自分のアドリブで好きなことをやっていいらしい。
18時30分、天下一品でラーメンを食べ終えた我々が無力無善寺に入ったら、まだお客さん(セッション参加者)はひとりもいなかった。店主の無善法師とは2年半ぶりの再会。
以前59喉と来たものですと言ったら、「おお、彼元気か」と覚えていてくれた。
オチダトモがソロで歌ってもいいか無善法師に尋ねると、「イベントの主催者(がいるらしい)もまだ来ていないから、今のウチに歌っちゃっていいよ。ただお客さんが来たら歌うのやめてね」と無善法師は言った。
「お客さんが来たらやめてね」。このセリフは芸の世界ではよく言われることだ。別に無善法師が嫌味で言っているわけではない。
こうして観客は僕と無善法師だけという、オチダトモの最初のライブハウスでのライブが始まった。
ところが彼が歌っている最中に1人、2人とお客さんが訪れはじめた。茨城から来た人、千葉から来た人、そして主催者の人....だけど無善法師は歌を中断しない。結局6人の前で4曲を歌いあげたオチダトモだった。
横須賀に比べると、かなりリラックスしていた。
後で彼に聞いたら、ここには大変歌いやすい雰囲気があるという。
お次に出演したのは主催者の人(お名前忘れた)。リズムボックスでパルス信号を流しながら、トラディショナルフォークをブルース風にして歌う人だった。この方のステージを見ているウチにオチダトモの表情が引きつってきているのがわかった。彼はその衝撃にノックアウトされていたのだ。
その後、更に4人がやってきて、合計10名となった。
フリーセッション大会が始まった。
無力無善寺のそれは通常の「セッション」とは違う。
それぞれの表現者が、セッションの規則にとらわれることもなく、相手のキーに合わせることもなく自分のイマジネーションのおもむくままに、自由気ままに様々な楽器を表現して重ねあわせてゆくのだ。
そんな中で、僕もキーボードでセッションに参加した。
(心臓の悪い方はご遠慮ください。かなり不快感を感じると思います)。
見ず知らずの他人同士が....しかも最後まで自己紹介する機会がなかった。
そんな他人同士が初対面で音を合わせ、いきなりこういう音楽が生まれた。
これが音楽のプリミティブな形だ。とても刺激になった。
セッションが中盤を迎えた頃、無善法師が「君、もう一度歌っていいよ」とオチダトモに声をかけた。
そして無善法師は「彼、今日が始めてのライブステージなんだって。皆さんよろしくね」と言ってくれた。
無善法師はオチダトモを気に入ってくれたのだと思う。
彼は雰囲気に躊躇していたが、思いなおしてギターを持って立ち上がると、ステージに上がって即興で作った歌を歌いだした。
3コードの単純なもので、歌詞は「今日も仕方なく生きてます。歌うことしかできることもない」みたいなものだったのだけど、歌詞はそこにいた観客の心をえぐった。一人のソプラノ・サックス(凄く上手い)プレイヤーの人が、「君の歌、心に突き刺さったよ」と言ってくれた。温かい拍手とともに、一瞬無善寺の空気が変わったのを、僕は感じた。
その後、いくつかのフリーセッションを行った後、オチダトモ(guitar)、僕(key)、ひとみちゃん(だったかな?...叫び声担当)、凄腕のドラマー、という物凄いフリーセッションが始まった。3コードのロックだった。オチダトモは叫び、僕は鍵盤を連打し、ドラムスはカッコいいビートを刻み、見ていた人たちが順番にステージに立って、自分の言いたいことを叫びまくり、無善寺は多いに盛り上がったのだった。
残念ながらこの映像は何も残っていない。
でもあの熱狂だけは、今でも余韻として残っている。
帰りの車の中で、オチダトモがボソリと言った、
「僕はあそこで場違いだったでしょうか?」
これが彼のユニークなところだと思った。
彼には、こんな風に自分の置かれている状況がよくつかめていない時がある。
いや、自分が認められた瞬間を、自分で否定しようとする時がある。
「君は、君の音楽と言葉で、無善寺の空気を変えたじゃん」。
僕は言った。
こうも思った。
オチダトモは、美辞麗句に飾られることのない自分の気持ち、それを音楽に乗せてストレートに伝えてくる。
それは無力無善寺に出演する全てのアーチストに同じことが言える。あまりにもそれが剥き出しになってしまうがゆえ、彼らな無力無善寺に集まって表現をするのだ。だから彼らはオチダトモの音楽に共感したのだ。
それと、音楽には「Bright Side」と「Dark Side」の両方が確かに存在する。
だけど本質的にはその根源には同じものがある。
それは「表現したい」という欲求に他ならない。
この気持ちになるべく応えてゆこうという気持ちは、僕も無善法師も一緒だ。
それにしても、
この11月は、何て濃いんだろうと思う。
生まれて初めて大ホールで歌い(ISO-KARA 2008)、
新しい音楽の仲間と出会い(The Pepperland)、
人生の中で最も好きなバンドのライブへ行き(The Who)、
初めてライブハウスで鍵盤を心おきなく心の赴くままに叩いた。
しかも音楽の陽と陰の両方を、たった一日で体験した。
それでようやく半月が過ぎたにすぎない。
そして23日はいよいよ最大のお祭り”Winter Live 2008″だ。
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Comments:2
- himko 08-11-18 (火) 22:39
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なんだか、私の学んできた音楽観とは全く違う空間で、驚きでした。こんなハコがあるんですか??
体感してみたいですね・・・・。
喉さん、お元気ですか?私は横須賀中央の・・・・・。
あなたのパフォーマンス・声は、忘れませんです。
腰の低~いところも素敵でしたねww - spiduction66 08-11-19 (水) 1:49
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himkoさん
あるんですよ。
対極の音楽を知るためにも、是非行ってみてください。飛び入りセッションで歌声を響かせてくれれば誰かがバックでこんな演奏をしてくれると思います。要するにそれぞれが好き勝手に自分の表現をして、それで音楽として成り立っちゃっているわけです。
喉君は元気ですよ。
先週のStreetはお誘いしようと思ったのですが、休みでしたね。
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