西条八十「帽子」

—母さん、僕のあの帽子、どうしたでせうね?
ええ、夏、碓井から霧積へ行くみちで、
谿底(たにぞこ)へ落したあの麦藁帽子ですよ。

—母さん、あれは好きな帽子でしたよ。
僕はあのとき、ずいぶんくやしかった。
だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。—
霧積の溪谷
—母さん、あのとき、向うから若い薬売が来ましたっけね。
紺の脚絆に手甲をした。—
そして拾はうとしてずいぶん骨折ってくれましたっけね。
だけどとうとう駄目だった。

なにしろ深い谷で、それに草が
背丈ぐらい伸びていたんてすもの。
霧積の溪谷
—母さん、本当にあの帽子どうなったでせう?
そのとき傍に咲いていた車百合の花は、
もうとうに枯れちゃつたでせうね。そして、
秋には、灰色の霧があの丘をこめ、
あの帽子の下で毎晩きりぎりすが啼いたかも知れませんよ。

—母さん、そして、きっと今頃は、—今夜あたりは、
あの谿間に、静かに雪が降りつもっているでせう。
昔、つやつや光った、あの伊太利麦の帽子と、
その裏に僕が書いた
Y・Sという頭叉字を
埋めるように、静かに、寂しく。—

【管理人より】
横川の町並みを抜け、ようやく碓氷峠にとりかかろうとする直前を右折する。
霧積温泉へと向かう40分ぐらいの山道だ。何か世俗を離れて別の宇宙のようなどこかへと向かうこの道が大好きだ。途中に「霧積ダム」というのがあって、この堤上から見下ろすと、このように霧積の溪谷を見渡すことができる。紅葉の季節など最高だ。

この詩の原題は「ぼくの帽子」。まだ作詞家として成功する前の西条八十が子供向けの雑誌「コドモノクニ」第二号(大正11年2月1日発行)に掲載したものが初出とされている。
森村誠一の「人間の証明」で有名になった詩だが、この詩がなければ、あの小説も映画もその魅力が半減していただろう。