十三参り in 京都法輪寺

京都には7年近く住んでいたにもかかわらず、ずっと「不思議な空間=ワンダーランド」的なものを感じてきた。古来、魔界から身を護るために作られた独特の風習が、唐突に日常生活の中で飛び出してくる。
今年の初めに京都出身のカミさんから
「3月の終わりぐらいに(長女の)”じゅうさんまいり”をしに京都へ行こう」
と言われた時にもそれを思った。

「じゅうさんまいり?何じゃいそりゃあ?」と松田優作風に尋ねると、
「十三歳のお祝いにお寺へお参りするのよ、知らなかった?」と意外な風に言われた。

十三参り」....ウィキペディアにはこうある。

十三参り(じゅうさん まいり)は、旧暦の3月13日(現在では月遅れで新暦の4月13日)の間、数え年13歳に成った少年少女が元服を迎え大人と成ったことに感謝して、これから先の万物の福徳と英知を授かるために、虚空蔵菩薩(こくぞうぼさつ)に参詣する行事。

京都では「七五三」よりもむしろポピュラーな行事らしい。女の子にとって最初の厄年が13歳のため「厄除け」の意味もあるし、虚空蔵菩薩に知恵を授かるという意味もある。そして何よりも大人になるための通過儀礼の意味が大きいようだ。

京都では嵐山の法輪寺というお寺が「嵯峨のこくぞうさん」と親しまれており、ここが京都人にとっては十三参りの定番となっている。カミさんもここで「十三参り」をしたという。今では旧暦3月13日にはこだわらず、小学校を卒業して中学校に入学する前の春休みが「十三参り」のひとつのピークとなる。女の子は成人式の振袖を肩上げして着用したりする。

うーむ、知らなかったなぁ。

というわけでこういう風習を大切にするカミさんの気持ちを汲んで、3月28日の未明に京都へと旅立った。1日ゆっくり過ごして、翌3月29日の早朝、妙心寺道にあるオークヘアさんという美容室で娘のまとめ髪、生まれてはじめての化粧、そして着物の着付けをして頂いた。
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このお店は、たまたま京都の義母がインターネットで見つけてきてくれたのだけど、正解だった。
担当してくれた着付師さんの腕がいかに素晴らしかったかは、この日の夜に証明できた。
娘は着物姿でさんざん駈けずりまわったのだけど、それでも着物がまったく着崩れしなかった。
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振袖はカミさんが成人式の際に着た赤色のものを十数年ぶりに利用した。帯は僕の母がプレゼントしてくれたものを利用した。初めての化粧、初めてのまとめ髪、初めての振袖、娘はいささか緊張の面持ちだった。

お次は写真撮影。これは金閣寺の近くにある「わら天神=敷地神社」さんの境内で撮影した。特に十三参りの撮影場所が「わら天神」である理由はなくて、たまたま指定された写真師がそこに待機しているから行ったのだけど、この「わら天神」というのもこれまた「京都ワンダーランド」的な場所のひとつだ。京都の人は妊娠するとこの「わら天神」で安産祈願をするのがお約束となっている。この時に安産のお札として藁を授かるのだけど、この藁に節があれば男の子、節がなければ女の子が生まれるとされている。その当たる確率は極めて高いようで、実際僕の家は正解率100%だったし、私の知り合いでも「当たった」という人が極めて多い。

ついでを言えば、子供の命名に関して陰陽師として有名な安部晴明神社で占ってもらうというのも京都ならではの風習。たとえば僕のカミさんもいくつかの候補からその名前を選んでもらったらしい。むろん何か宗教や信仰に拘っているのではない。ないけれど、生まれる前から一貫してそうした風習の中で育てられてゆくのが、京都の子供なのかもしれない。

そんな「わら天神」の境内で撮影。
いささか緊張気味だった娘も、次第にリラックスしてきた。生まれ故郷の京都でこうやって振袖姿になれることを楽しんでいるようだった。昔だったら「窮屈だ、脱ぎたい」とダダをこねていたのだろうけど、振袖に慣れることにも楽しんでいる風だった。
ヨエコさんも着ていたからね」と娘。
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さて、いよいよ嵐山の法輪寺へ。
長い石段を大勢の「十三歳」が親に連れられてのぼってゆく....が圧倒的に女の子だった。
8割が女の子。十三という年齢が女性にとって初めての厄年であることも関係しているのかもしれない。そんな女の子のうち着物と中学校の制服姿が半分ぐらいだった。着物組の中には白粉をつけた祇園の舞妓さん姿の子もいた。

まずは好きな漢字をひとつ筆で書いて奉納する。
「お前、”猫”と書こうと考えているだろう」と車中で尋ねたら、
「何で分かるの?」と娘。この子の思考回路はわかっている。
「そりゃあ”好き”の意味が違うよ。普通は”夢”とか”和”とかそんなんだろう」と言う。
そして彼女が書いたのは「音」という字だった。自分の名前の中にあって、自分を支えてくれている漢字だった。
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この字が一年間、彼女にかわって祈祷を受ける。

本堂へは20人位ずつで、総入れ替え制で祈祷を受ける。
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本堂に入ると、まずお坊さんがこんな話をしてくれた。
「十三参りは平安時代から始まった風習で、昔はこれが今でいう成人式でした。今まで育ててくれた両親に感謝し、大人への一歩を踏み出して下さい」。

そしてお経を唱えながら、20人一人一人の住所と名前を読み上げていった。
大人への第一歩を踏み出し、女の子は厄除けを受け、そして「こくぞうさん」から知恵を授かった。お寺さんから頂いた箸は、知恵の箸といい、これで帰宅後の最初の食事を食べるといいとされている。それと数珠を頂いたのだけど、これは子供が持つ最初の数珠となる(といっても使う機会は今のところない)。

お坊さんからは特に説明はなかったけど、この後本堂を出た子供たちに、ひとつの試練が待っている。石段を降りて200mほど歩いて渡月橋を渡るのだが、その間は絶対に振り向いてはいけないのだ。振り向くとせっかく授かった知恵が去ってしまうのだという。
「絶対に振り向いたらあかんのえ~」と親に言われながら必死に子供たちは歩いてゆく。
そんな中で、後ろからわざと声をかけたり、「あっ、倖田來未が直径20mの風船になって飛んでるよ」と言って邪魔しようとする父。
十三参り
一切の誘惑に負けず、前だけを向いて進む子供たち。
僕は前々回の日記で偶然にも「子供たちは振り返らない。未来を見つめている」と書いたけど、こうやって邪念を払いのけ、心を集中させて前へ進むという行為そのものが、子供にとっては大人になることなのかもしれない。
十三参り
渡月橋を渡りきったところで、彼女が満足気に笑った。
振袖も板についてきて、何だか顔つきも凛として、若干だけど大人びた表情となった。

うーむ、いいなぁ十三参り。
子供があえて大人びた格好をすることで、親は子供を見つめなおすいい機会になるし、子供もこうした儀式を通して、何かを自覚してくれるんじゃないかと淡い期待を持ったりする。
数えで十三っていうのは、少なくとも女の子にとっては、そういう年齢なんだと思う。