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	<title>祖父と湯の花トンネル列車銃撃事件 へのコメント</title>
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	<description>株式会社ミューズポート＆下山事件資料館管理人blog</description>
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		<title>spiduction66 より</title>
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		<dc:creator>spiduction66</dc:creator>
		<pubDate>Thu, 04 Mar 2010 16:18:00 +0000</pubDate>
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		<description>&gt;KAZQさん
コメノトありがとうございます。
ご指摘のとおりで「中央本線四一九列車」によれば、これは同一の編隊なんだそうです。そのあたりは拙文でも触れておりますが相模湾沖からあらわれた30機の編隊のうち、数機が二宮へ、数機が八王子経由で列車に襲いかかりました。</description>
		<content:encoded><![CDATA[							<p>&gt;KAZQさん<br />
							コメノトありがとうございます。<br />
							ご指摘のとおりで「中央本線四一九列車」によれば、これは同一の編隊なんだそうです。そのあたりは拙文でも触れておりますが相模湾沖からあらわれた30機の編隊のうち、数機が二宮へ、数機が八王子経由で列車に襲いかかりました。</p>
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	<item>
		<title>KAZQ より</title>
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		<dc:creator>KAZQ</dc:creator>
		<pubDate>Wed, 03 Mar 2010 04:57:01 +0000</pubDate>
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		<description>今日は　初めまして。藤沢在住のKAZQと申します。先日所用があり二宮に行ったのですが、そこにガラスのウサギ像があり、その碑文を読むと昭和20年8月5日に二宮駅周辺はP51の機銃掃射をうけ、高木敏子さんのお父上を含む幾人かが亡くなった旨書いてありました。Wikipediaによると「列車運行妨害を目的とした攻撃を受けたものと思われる。」だそうで、乗車待ちの人に機銃掃射したようです。地図を見ると二宮の真北は湯の花トンネルですので、時系列が判りませんので何とも言えないのですが、同一のP51の可能性があるのかなとも感じました。湯の花トンネルのことはアズマイチゲなどの植物やウスバシロチョウの撮影に裏高尾にいった際に知ったしだいです。</description>
		<content:encoded><![CDATA[							<p>今日は　初めまして。藤沢在住のKAZQと申します。先日所用があり二宮に行ったのですが、そこにガラスのウサギ像があり、その碑文を読むと昭和20年8月5日に二宮駅周辺はP51の機銃掃射をうけ、高木敏子さんのお父上を含む幾人かが亡くなった旨書いてありました。Wikipediaによると「列車運行妨害を目的とした攻撃を受けたものと思われる。」だそうで、乗車待ちの人に機銃掃射したようです。地図を見ると二宮の真北は湯の花トンネルですので、時系列が判りませんので何とも言えないのですが、同一のP51の可能性があるのかなとも感じました。湯の花トンネルのことはアズマイチゲなどの植物やウスバシロチョウの撮影に裏高尾にいった際に知ったしだいです。</p>
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		<title>spiduction66 より</title>
		<link>http://www.us-vocal-school.com/weblog/music_life/archives/000598.html/comment-page-1#comment-3808</link>
		<dc:creator>spiduction66</dc:creator>
		<pubDate>Tue, 01 Dec 2009 16:27:30 +0000</pubDate>
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		<description>&gt;赤いRVRさま
慰霊の会に行かれたのですね。それはよいことをされたと思います。私は祖父の一件がなければ、戦争について深くblogでとりあげることなどなかったと思います。誰かが何らかの形でこういう記録を残しておくことは、意味があるんじゃないかと思います。その高校生たちも、何か理由があって慰霊の会に出席したのでしょうね。
１１月に広島に被爆遺跡を廻ったので、そのことをちょいちょいＵＰしています。ぜひご覧下さい。
http://www.us-vocal-school.com/weblog/music_life/archives/000category/%E5%BA%83%E5%B3%B6%E3%81%AE%E8%A8%98%E6%86%B6</description>
		<content:encoded><![CDATA[							<p>&gt;赤いRVRさま<br />
							慰霊の会に行かれたのですね。それはよいことをされたと思います。私は祖父の一件がなければ、戦争について深くblogでとりあげることなどなかったと思います。誰かが何らかの形でこういう記録を残しておくことは、意味があるんじゃないかと思います。その高校生たちも、何か理由があって慰霊の会に出席したのでしょうね。<br />
							１１月に広島に被爆遺跡を廻ったので、そのことをちょいちょいＵＰしています。ぜひご覧下さい。<br />
							<a href="http://www.us-vocal-school.com/weblog/music_life/archives/000category/%E5%BA%83%E5%B3%B6%E3%81%AE%E8%A8%98%E6%86%B6" rel="nofollow">http://www.us-vocal-school.com/weblog/music_life/archives/000category/%E5%BA%83%E5%B3%B6%E3%81%AE%E8%A8%98%E6%86%B6</a></p>
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	<item>
		<title>赤いRVR より</title>
		<link>http://www.us-vocal-school.com/weblog/music_life/archives/000598.html/comment-page-1#comment-3806</link>
		<dc:creator>赤いRVR</dc:creator>
		<pubDate>Tue, 01 Dec 2009 13:45:01 +0000</pubDate>
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		<description>久しぶりにコメントします。
実は、今年の慰霊祭（といっても、準備までですが）に、年休取って行ってきました。今年はじめに体験した際に、姪が高校に行けたら、今年の慰霊祭には絶対にお参りに行こうと決めていました。夕方から病院だったので、時間的にずっといることはできなかったため、水を運んだりしただけですが、間接的にでもお手伝いできてよかったと思います。高校生かな、若い子が大勢いて、こういう話が若い世代に受け継がれていることは素晴らしいと思いました。
今年は知覧・鹿屋・大分・松代・上田無言館など訪れ、戦争について考える機会が多い年でした。</description>
		<content:encoded><![CDATA[							<p>久しぶりにコメントします。<br />
							実は、今年の慰霊祭（といっても、準備までですが）に、年休取って行ってきました。今年はじめに体験した際に、姪が高校に行けたら、今年の慰霊祭には絶対にお参りに行こうと決めていました。夕方から病院だったので、時間的にずっといることはできなかったため、水を運んだりしただけですが、間接的にでもお手伝いできてよかったと思います。高校生かな、若い子が大勢いて、こういう話が若い世代に受け継がれていることは素晴らしいと思いました。<br />
							今年は知覧・鹿屋・大分・松代・上田無言館など訪れ、戦争について考える機会が多い年でした。</p>
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	<item>
		<title>spiduction66 より</title>
		<link>http://www.us-vocal-school.com/weblog/music_life/archives/000598.html/comment-page-1#comment-3645</link>
		<dc:creator>spiduction66</dc:creator>
		<pubDate>Tue, 15 Sep 2009 15:14:20 +0000</pubDate>
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		<description>&gt;ともまるさま
コメントありがとうございます。この記事は永年ものですので、いつコメント頂いても嬉しいです。
現在展示しているのはレプリカですが「柴笛」の血染めの原稿は古田晁記念館に所蔵されているそうです（拙記事を読んで下さった赤いRVRさんが現認してくださいました）。是非訪れてくださいませ（私はまだ行けておりません）。

人間というものは、余りにも悲惨な体験をした場合、逆になかなか語り残さないようです。祖父は当時宮城に疎開していた私の母にすらこのことを満足に語っていませんですし、兄弟の間でもこの件は自然とタブーになっていたようです。
ですから事件直後の興奮した状態で語り残したことだけが唯一の手がかりとなりました。おっしゃるとおりそれがこうやって記録として残ったのですから、祖父にも感謝をしなければと思っております。</description>
		<content:encoded><![CDATA[							<p>&gt;ともまるさま<br />
							コメントありがとうございます。この記事は永年ものですので、いつコメント頂いても嬉しいです。<br />
							現在展示しているのはレプリカですが「柴笛」の血染めの原稿は古田晁記念館に所蔵されているそうです（拙記事を読んで下さった赤いRVRさんが現認してくださいました）。是非訪れてくださいませ（私はまだ行けておりません）。</p>
							<p>人間というものは、余りにも悲惨な体験をした場合、逆になかなか語り残さないようです。祖父は当時宮城に疎開していた私の母にすらこのことを満足に語っていませんですし、兄弟の間でもこの件は自然とタブーになっていたようです。<br />
							ですから事件直後の興奮した状態で語り残したことだけが唯一の手がかりとなりました。おっしゃるとおりそれがこうやって記録として残ったのですから、祖父にも感謝をしなければと思っております。</p>
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	<item>
		<title>ともまる より</title>
		<link>http://www.us-vocal-school.com/weblog/music_life/archives/000598.html/comment-page-1#comment-3642</link>
		<dc:creator>ともまる</dc:creator>
		<pubDate>Tue, 15 Sep 2009 07:04:45 +0000</pubDate>
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		<description>下山事件資料館の方を興味深く拝見していた者です。
こちらのブログはあまりお邪魔していなかったので、一年も前の記事にコメントで恐縮です。

古田晁氏は、同郷、同窓（小・中・高）の大先輩でして、古田晁記念館も実家のすぐ近く。しかしまだ行ったことがなく…。このような凄惨な事件があったことを初めて知り、記念館もぜひ訪れなくてはと思いました。

お祖父様は「語り継ぐ」「書き残す」ということはなさらなかったようですが、直後には息子さん達に話せていたということに少し安堵します。それは事情の説明をしなくてはという必要もあったかもしれませんが、ひとりで後々まで抱えていかれたのではさぞや辛かっただろうと思うからです。そして、そのことで私たちがこの銃撃事件のことをまた身近に感じることができます。調べて発信してくださったことにも感謝いたします。</description>
		<content:encoded><![CDATA[							<p>下山事件資料館の方を興味深く拝見していた者です。<br />
							こちらのブログはあまりお邪魔していなかったので、一年も前の記事にコメントで恐縮です。</p>
							<p>古田晁氏は、同郷、同窓（小・中・高）の大先輩でして、古田晁記念館も実家のすぐ近く。しかしまだ行ったことがなく…。このような凄惨な事件があったことを初めて知り、記念館もぜひ訪れなくてはと思いました。</p>
							<p>お祖父様は「語り継ぐ」「書き残す」ということはなさらなかったようですが、直後には息子さん達に話せていたということに少し安堵します。それは事情の説明をしなくてはという必要もあったかもしれませんが、ひとりで後々まで抱えていかれたのではさぞや辛かっただろうと思うからです。そして、そのことで私たちがこの銃撃事件のことをまた身近に感じることができます。調べて発信してくださったことにも感謝いたします。</p>
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	<item>
		<title>spiduction66 より</title>
		<link>http://www.us-vocal-school.com/weblog/music_life/archives/000598.html/comment-page-1#comment-3632</link>
		<dc:creator>spiduction66</dc:creator>
		<pubDate>Sun, 13 Sep 2009 16:53:05 +0000</pubDate>
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		<description>＞千早さん
コメントありがとうございます。電気機関車の機関士がブレーキをかけたのは「あわててブレーキを」と証言には残されています。むろんトンネルの中で機関士は無傷でした。
トンネル自体は１５０ｍほどの長さがありますから、ブレーキのタイミングさえ慎重であれば、相当の旅客が生還できたことと思います。</description>
		<content:encoded><![CDATA[							<p>＞千早さん<br />
							コメントありがとうございます。電気機関車の機関士がブレーキをかけたのは「あわててブレーキを」と証言には残されています。むろんトンネルの中で機関士は無傷でした。<br />
							トンネル自体は１５０ｍほどの長さがありますから、ブレーキのタイミングさえ慎重であれば、相当の旅客が生還できたことと思います。</p>
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	<item>
		<title>千早 より</title>
		<link>http://www.us-vocal-school.com/weblog/music_life/archives/000598.html/comment-page-1#comment-3630</link>
		<dc:creator>千早</dc:creator>
		<pubDate>Sun, 13 Sep 2009 05:12:33 +0000</pubDate>
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		<description>大変貴重なお話をありがとうございました。

昔はよく中央高速を走っていましたので、あの小仏トンネルの近くでこんな悲劇があったのかと思い、日本人の平和ボケ振りを改めて思った次第です。

YouTubeで三鷹事件のビデオを見かけ、そこから松川、下山事件のことをちょっと見ていてこちらにたどり着きました。下山事件に関しては、あのフリーのジャーナリスト氏が書いた本を読み、他殺の可能性が高そうだなぁと思っていましたが、松川事件の犯人とされた方の一人が自殺説に行き着いたことは存じませんでした。色々読んでみないとわからないでしょうが、あの日の午後にGHQと会う予定だったというあたりから、やはり消された線が濃そうに思いますが、果たして？

この列車銃撃事件に関しては、上のコメントにあった「語りたくない記憶と絶対に残さなくてはならない事実」が本当にその通りで、本人たちは語りたくなくても次世代に広く伝えていかなければ残酷な戦争を止めることも難しい。私の友人の写真家森住卓さんが出した

『沖縄戦「集団自決」を生きる』
http://www.morizumi-pj.com/　

も、まさにそうした一冊です。上の本は全日本人必読だ！と思っているのですが、この湯の花での事件も、もっと広く知られてほしいですね。ただ、ひとつだけ疑問が残りました。

「電気機関車の機関士があわてて急ブレーキをかけてしまった」

のは何故だったんでしょうか？　すでに撃たれて倒れたから？　それとも...このページ中ほどにある写真からすると、このトンネルは大して長さがなかったように見受けられますから「そのまま走り続けたら自分のいる場所が外に出てやられる」と悟った機関士が自己防衛のために止めてしまったのでしょうか？　動転していたことは確かでしょうが、その機関士が生還したのかおわかりでしたら、お教えください。

それから、ヴォーカルの先生でいらっしゃるようですが、
私の歌も是非聞いてみてください。（＾＾;

お邪魔致しました。</description>
		<content:encoded><![CDATA[							<p>大変貴重なお話をありがとうございました。</p>
							<p>昔はよく中央高速を走っていましたので、あの小仏トンネルの近くでこんな悲劇があったのかと思い、日本人の平和ボケ振りを改めて思った次第です。</p>
							<p>YouTubeで三鷹事件のビデオを見かけ、そこから松川、下山事件のことをちょっと見ていてこちらにたどり着きました。下山事件に関しては、あのフリーのジャーナリスト氏が書いた本を読み、他殺の可能性が高そうだなぁと思っていましたが、松川事件の犯人とされた方の一人が自殺説に行き着いたことは存じませんでした。色々読んでみないとわからないでしょうが、あの日の午後にGHQと会う予定だったというあたりから、やはり消された線が濃そうに思いますが、果たして？</p>
							<p>この列車銃撃事件に関しては、上のコメントにあった「語りたくない記憶と絶対に残さなくてはならない事実」が本当にその通りで、本人たちは語りたくなくても次世代に広く伝えていかなければ残酷な戦争を止めることも難しい。私の友人の写真家森住卓さんが出した</p>
							<p>『沖縄戦「集団自決」を生きる』<br />
							<a href="http://www.morizumi-pj.com/　" rel="nofollow">http://www.morizumi-pj.com/　</a></p>
							<p>も、まさにそうした一冊です。上の本は全日本人必読だ！と思っているのですが、この湯の花での事件も、もっと広く知られてほしいですね。ただ、ひとつだけ疑問が残りました。</p>
							<p>「電気機関車の機関士があわてて急ブレーキをかけてしまった」</p>
							<p>のは何故だったんでしょうか？　すでに撃たれて倒れたから？　それとも&#8230;このページ中ほどにある写真からすると、このトンネルは大して長さがなかったように見受けられますから「そのまま走り続けたら自分のいる場所が外に出てやられる」と悟った機関士が自己防衛のために止めてしまったのでしょうか？　動転していたことは確かでしょうが、その機関士が生還したのかおわかりでしたら、お教えください。</p>
							<p>それから、ヴォーカルの先生でいらっしゃるようですが、<br />
							私の歌も是非聞いてみてください。（＾＾;</p>
							<p>お邪魔致しました。</p>
]]></content:encoded>
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	<item>
		<title>spiduction66 より</title>
		<link>http://www.us-vocal-school.com/weblog/music_life/archives/000598.html/comment-page-1#comment-3261</link>
		<dc:creator>spiduction66</dc:creator>
		<pubDate>Thu, 26 Feb 2009 22:13:19 +0000</pubDate>
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		<description>&gt;赤いRVRさま
こんにちは。
記念館へ行かれたのですね。詳細なレポートありがとうございました。原稿の所蔵がやはり古田記念館だったこと、確認
して頂き助かります。コーナーが設けられているのならば、一度行かなければなりません。長野は好きな土地ですし、松本は昨年夏もゆきましたがその時は時間がなくて古田記念館は行かずじまいでした。また機会があれば塩尻→松本→安曇野と動いてみたいと思います。</description>
		<content:encoded><![CDATA[							<p>&gt;赤いRVRさま<br />
							こんにちは。<br />
							記念館へ行かれたのですね。詳細なレポートありがとうございました。原稿の所蔵がやはり古田記念館だったこと、確認<br />
							して頂き助かります。コーナーが設けられているのならば、一度行かなければなりません。長野は好きな土地ですし、松本は昨年夏もゆきましたがその時は時間がなくて古田記念館は行かずじまいでした。また機会があれば塩尻→松本→安曇野と動いてみたいと思います。</p>
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	<item>
		<title>赤いRVR より</title>
		<link>http://www.us-vocal-school.com/weblog/music_life/archives/000598.html/comment-page-1#comment-3260</link>
		<dc:creator>赤いRVR</dc:creator>
		<pubDate>Wed, 25 Feb 2009 07:05:55 +0000</pubDate>
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		<description>こんにちわ
先日、古田あきら（字が出ません）記念館に行ってきました。
柴笛の原稿は、あるそうです。展示品はレプリカですが、よく伝わってきます。管理しているおばちゃんが、いろいろ懇切丁寧に説明してくれました。
で、この事件については一つのコーナーになっています。
もちろんこの事件に関して訪れるのもよいのですが、日本の文学についても、いろいろと触れることができる、小さいけれども、なかなか味のある資料館です。
古田氏が、隠居後にこしらえて、夫人と住むための家だそうです。土蔵が展示館になっていて、その二階には、かつて多くの文人が訪れたという、蔵座敷があり、見学が可能です。土日に開館していますので、お近くに寄りましたら、ぜひどうぞ。
あわせて、安曇野市堀金にある、臼井吉見記念館もどうぞ。</description>
		<content:encoded><![CDATA[							<p>こんにちわ<br />
							先日、古田あきら（字が出ません）記念館に行ってきました。<br />
							柴笛の原稿は、あるそうです。展示品はレプリカですが、よく伝わってきます。管理しているおばちゃんが、いろいろ懇切丁寧に説明してくれました。<br />
							で、この事件については一つのコーナーになっています。<br />
							もちろんこの事件に関して訪れるのもよいのですが、日本の文学についても、いろいろと触れることができる、小さいけれども、なかなか味のある資料館です。<br />
							古田氏が、隠居後にこしらえて、夫人と住むための家だそうです。土蔵が展示館になっていて、その二階には、かつて多くの文人が訪れたという、蔵座敷があり、見学が可能です。土日に開館していますので、お近くに寄りましたら、ぜひどうぞ。<br />
							あわせて、安曇野市堀金にある、臼井吉見記念館もどうぞ。</p>
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