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9月, 2009

ロマン・ポランスキーとシャロン・テートとチャールズ・マンソンとスーザン・アトキンスとテリー・メルチャーとビーチ・ボーイズとビートルズと....

何がなんだかややこしいタイトルだけど。まあそういうことだ。

9月27日、ポーランド出身の映画監督ロマン・ポランスキーがスイスで身柄を拘束された。32年前に彼が起こした13歳の少女に対する淫行罪で拘束されたのである。30年前、法廷闘争中にアメリカからヨーロッパへと逃亡したポランスキーが、今になってその罪を問われることになったわけだ。現在、ヨーロッパ中の文化人やフランス政府がポランスキーの世界的に著名な芸術家であることを評価し「円満な解決への道」を求めている。
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(ロマン・ポランスキー)

奇しくもその2日前の9月25日、カリフォルニア州チャウチラにある女子刑務所において、スーザン・アトキンスという女性が悪性脳腫瘍のため亡くなった。享年61歳。彼女こそ1969年にポランスキーの当時の妻だった映画女優のシャロン・テートを惨殺した張本人だった。
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(スーザン・アトキンス)

この「シャロン・テート事件」に関して書きはじめたら、いくらWEBスペースがあっても足りない。あまりにもアレな事件なので他のWEBリソースに詳細はまかせるとして、ここでは簡単に説明する。

この事件は、ヒッピーたちの共同生活体....というか単なるカルト集団「マンソン・ファミリー」の「教祖」だったチャールズ・マンソンが自分のファミリーに指示して起した事件だ。
彼はザ・ビートルズの「ホワイト・アルバム」に収録されているいくつかの楽曲を、勝手に自分あてのメッセージがあると解釈していた。そんな中で極めつけだったのが、ビートルズ版ハード・ロックである「ヘルター・スケルター」だった。


(The Beatles “Helter Skelter”ただし映像は「Let It Be」の時代のものを見事に編集している)
なお、「ヘルター・スケルター」を書いたのはポール・マッカトニー。彼はこの曲をザ・フーのピート・タウンゼントが「アイ・キャン・シー・フォー・マイルズ」に対して行ったコメント....「この曲は、フーの歴史の中でも最もうるさくて、最も乱暴で、最も汚らしい曲だ」....にインスパイアされて、書き上げた。

マンソンはこの曲を「白人と黒人の最終戦争→黒人の勝利→秩序の崩壊→とマンソンの台頭」と都合のいいように解釈した。彼はその解釈に基づいてある種の「闘争」をファミリーに指示、この事件を引き起こしたのだ。
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(チャールズ・マンソン)
もっとも、マンソンがターゲットとしたのは、シャロン・テート本人ではなかった。後述するように、シャロンはたまたま「あの家」に居住していただけである。マンソンが殺害を指示したのは、音楽プロデューサーのテリー・メルチャーであった。

テリーは日本で戦後初のヒットとなった洋楽「センチメンタル・ジャーニー(間違っても松本伊代のそれではない)」を歌ったドリス・デイの息子。僕個人としてはザ・バーズの「ミスター・タンブリン・マン」や一連のアルバムのプロデューサーとしての印象が強い。
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(テリ・メルチャー)
もともとチャールズ・マンソンにテリー・メルチャーを紹介したのは、ザ・ビーチボーイズのデニス・ウィルソン(ブライアン・ウィルソンの弟)だった。思慮深すぎてノイローゼになってしまう兄貴に比べれば、デニスは自由奔放、何よりもそのルックスの良さもあって、極めつけのプレイボーイだった。
デニスはマンソンの思想に共感し、多額の資金援助や自宅の一部を提供したように言われているが、それほどのものではないだろう。急激に時代遅れになりつつあったビーチボーイズ内においてヒッピーに理解のあるフリをしたかったのと、ファミリーの女の子が目当てだったのだろう。
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(デニス・ウィルソン)
それだけではない。ビーチ・ボーイズは1968年の初頭にシングルのB面として「Never Learn Not to Love」という曲をリリースしている。楽曲のクレジットはデニス・ウィルソンの作品ということになっているが、この曲のオリナル・タイトルは「シーズ・トゥーイグジット」といい、この曲の作者はチャールズ・マンソンその人である。

スティーヴン ゲインズ「ザ・ビート・ボーイズ・リアル・ストーリー」という本にはこのあたりのことがかなり「リアルに」描かれている。

チャールズ・マンソンは自らのレコードをリリースしたいという野望があったし、実際にレコーディングも行っている。
彼が事件直前までにレコーディングした音源は1970年に「Lie: The Love and Terror Cult」としてリリースされている。現在はCDでも入手可能だ。
楽曲はYoutubeでも聞ける

本当のことはわからないが、テリーがマンソンのプロデュースをすると約束しておきながら、それを守らなかったと言われている。マンソンがテリーを恨む原因はそこにあったというわけだ。

(チャールズ・マンソン「ルック・アット・ユア・ゲーム・ガール」)

この間に紆余曲折や別の殺人事件があるのだが、それは省略する。
1969年8月9日、マンソンの指示に従ったスーザン・アトキンスらは、テりーの家におしかけた。しかしテリーはすでに引っ越していた。そして現在その家の住人であるシャロン・テートほか数名を殺害した。アトキンスたちは、自分が殺害した人間が誰であるかも知らなかった。シャロンはポランスキーの子供を身ごもっていた。夫のポランスキーは不在のため無事だった。

(シャロン・テート)
これは余談だが事件の一週間後、伝説的なウッドストック・ロックフェスティバルが開催されている。あそこで繰り広げられるヒッピー文化の幻想、そして現実の行き詰まり感、それをこの事件はタイムリーに示唆しているではないか。

ポランスキーとシャロン・テートが出会うきっかけとなった映画「ポランスキーの吸血鬼(1967)」はDVDで持っている。ごちゃごちゃしたコメディ・ムービーにもかかわらず、サラ役のシャロン・テートはその美しさで一本飛び抜けている。薄幸を予感させるものなど何もない。わずか2年後の悲劇なんてここからは想像もできない。

なお、これは余談だけど「ポランスキーの吸血鬼(1967)」の次作となった「ローズマリーの赤ちゃん(1968)」は、解釈のしようによっては事件を予言しているかのような不気味な作品だった。そしてこの不気味な映画のロケ地として使われたのが当時すでに築90年だったニューヨークのアパート....ジュディ・ガーランドやレオナルド・バーンスタインも住んだことのある 「ダコタハウス」だった。12年後、この建物の入口で射殺されたのが、当時の居住者だったジョン・レノンだ。

なお、ジョンは先述した「ホワイト・アルバム」で「ディア・プルーデンス」という曲を書いている。この曲はプルーデンス・ファロウという女優に捧げられているが、彼女の姉のミア・ファロウこそが「ローズマリーの赤ちゃん」の主役を演じていたのだった。

ビートルズ、ビーチボーイズ、バーズ、フー....1960年代のロックというカルチャーと大きくオーバーラップしながら(あるいは黒い翼の影を投影しながら)、この一連の出来事は不思議な連環をしている。
そう言えばマリリン・マンソンはチャールズ・マンソンから名前をとったんだっけな....もう何が何だかである。

まあいい。
賞賛されるような芸術家であること自体が、罪を購うに値するのだろうか?
30年前の罪が、いまだに罰するに値するのだろうか?
彼自身の人生....アウシュビッツで母を殺され、ヒッピーに妻を惨殺された....は彼の犯した罪にどう影響しているのだろうか?

それはこれから明らかになってゆくのだろう。

2003年になって、ポランスキー監督が罪を犯した13歳の少女が、「戦場のピアニスト」でアカデミー賞にノミネートされていた監督への思いをインタビューでこのように語っている。
「私は彼を恨んではいませんが、同情もしていません。ただ、アカデミーには、作品の質だけを考慮して監督の才能と映画を評価して欲しいと思っています。私も、あの事件も、評価とはまったく関係ないことです」。

「イソゴのアリスと仲間たち」 at 磯子公会堂

まあ、そんなわけで磯子公会堂で上演した「イソゴのアリスと仲間たち」が無事終了しました。
イソゴのアリスと仲間たち at 磯子公会堂
スタッフの皆様、出演者の皆様本当にありがとうございました。とても楽しい時間を過ごせました。
最後は盛り上がれてよかったと思います。あのまま皆でゾロゾロ楽器を鳴らしながら公会堂を出て、区役所を出て、磯子駅まで行ってしまったら、きっとわけがわからなくて面白かったでしょうね。

私はオヤジバンドのメンバーとして出演させて頂きました。
「イソゴのアリス」オヤジバンド軍団
(健闘するオヤジバンド軍団)

子供の頃の学芸会などを別にすれば、朗読劇というのは初めての経験でした。最初は「まあ基本は台本を読めばいいんだろう」程度の短絡思考回路でイメージを描いていたのですが、やってみてその深みを垣間見るようになってきました。たとえば何か重いものを持ち上げる演技をする際、実際に何かを持ちあげながら「よっこらせっ」と言うのと、立って台本を読みながら「よっこらせっ」と朗読するのと、どちらが難しいかは一目瞭然ですよね。まさにそんな感じの世界でした。

最初の台本あわせの際、僕は監修の野村道子さんに、
「どこか悪いところがあったら、遠慮なくおっしゃって下さい」と尋ねてみたのです。
野村さんは「いえいえぜんぜん大丈夫ですよ」とニコリとされるばかり。
よおく考えたら、モノゴトというものは良い点があるから、悪い点があるわけです。
きっと僕のセリフは良い点がないから悪い点の指摘のしようがない。きっとそうに違いない(笑)なんて余計な妄想を膨らまていました。そんな中で、あれこれ考えているうちに、気づいたことが二つあります。

1:台本は自分以外のパートも全部読んでくるようにする
2:本番ではなるべく台本を読まず、相手に語りかけるようにする

「当たり前だろ、馬鹿野郎」といわれそうですね(笑)。

最後の方のシーンで、オヤジバンドのメンバーたちが、「なぎさちゃん」にかきおきのメモを残すシーンがあります。
そのメモを読み上げる「声」の役を僕が担当することになりました。

ところが台本を読めば読むほど、前後の脈絡を考えれば考えるほど、このちょっとしたセリフがとんでもなく難しいことに次第に気づいてきたのです。ここにはオヤジバンドのメンバーたちの「優しさ」が無茶苦茶詰まっているわけですからね。

台本読み合わせの最初の頃、僕はこのメモを、文字通り「メモを読み上げる」口調で読んでいました。それが「難しい」ということに気づいたあたりから、「なぎさちゃん」に直接語りかける口調に変えてみたのです。こういう変化をすることに大きなアドバイスをくれたのは、実は僕自身が連れてきた二人の生徒さん(ノジミちゃんとアズサちゃん)でした。二人とも声優を夢見る子たちで、ノゾミちゃんにいたっては実際にそういう専門学校に通っているのです。

それだけではありません。
実際の読み合わせの段階から、「なぎさちゃん」役の声優さん(堀内咲希さん=賢プロダクションのプロの声優さん)の顔を見て、目を見ながら、直接語りかけるようにするようにしてみたのです。堀内さんが流石はプロの声優さんだなと思ったのは、そうした僕の語りかけに対して、小さく「うんうん」とうなずいてくれるんですよね。あれは演技しやすかったです。

また、そのセリフの後に、音響効果が入るため、何秒かの余韻が必要だということに気づきました、ですからセリフの最後をわざとゆっくりと話すことで、余韻につないでゆこうと思うようになりました。

そんな中で演出と脚本を担当されている井上次男さんから、
「オヤジバンドに皆さん、どんどん演技が良くなってますよ」と言われたのは嬉しかったですよ!

まあ、こんな風にやっているウチに気づいたことがあります。
語り方を工夫するとか、相手を見て語ろうとか、あえて余韻を持たせるとかっていうのは、いつもバンドの演奏でとーるさんやBOOSUKEさんとやっていることと一緒なんですよね。ここはどんな風にビートを刻もうか?、ソロの受け渡しはどう合図しようか、エンディングのキメ....表現手段こそ違うけど、本質的には似ているのですね。
うーむ奥が深いなぁ~。
イソゴのアリス
(いそっぴとアリス役の夕奈ちゃん。この子の演技は本当に素晴らしかったと思う)

さてさて「演劇」という名の井戸の前を通りかかり、そこから覗き込んでしまったというのが今回の体験でした。その井戸はあまりにも深くて、この井戸の底まで降りてゆこうとすることなど、とうていできそうにもありません。でも、その物凄い深さがなんとなくわかっただけでも貴重な体験だったと思います。

そして何よりも、プロの声優さんや、素人とは思えないぐらいクオリティの高い出演者の方々、こんな素敵な方々と競演させて頂いて、本当に恐縮しております。
公会堂の入口で
(最後に記念写真)

「イソゴのアリスと仲間たち(2009/9/27 at 磯子公会堂)」
【スタッフ】
監修:野村道子
脚本・演出・映像:井上次男
キャラクターデザイン:ヤナキヒロシ
音楽:永田平八
照明:石井高彦
音響:堀越陽一
製作:磯子区民文化センター杉田劇場
(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団・有限会社アイコニクス)

【出演】
堀内咲希さん(賢プロダクション)=なぎさ
ふしだ里穂さん(賢プロダクション)=海人
●金田夕奈ちゃん=アリス
●そのほか磯子区の大勢の方々

猫の惑星

【ひらめ】
ひらめ
体重13kgは僕が人生の中で見た中では最大の猫かもしれない(あまり自信はない)。ずっとこんな感じでグダグダ寝ていた。フト立ち上ったかと思ったら、場所を変えてまたゴロリ。彼はこうやって一日中寝ているようだ。

【ちゃぶ台猫(仮名)】
ちゃぶ台猫
本当の名前は知らない。ちゃぶ台の上でずっと寝続けていた。

【さざえ】
さざえ
我が家の雑種日本ネコの「クーちゃん」とは天と地ぐらいの差がありそうな高貴な雰囲気があった。
僕が頭を撫でてやったら、いきなり噛みつかれ、ネコパンチとネコキックを喰らった。そういう性格なのだろうと思っていたら、煮干をくれた人にはゴロゴロ言いながら体を摺り寄せていた。
そういう性格らしい。

【くるまえび】
くるまえび
この惑星では、唯一人間のひざの上に勝手に乗ってくる猫らしい。実際のところ、彼はベンチに座っているカミさんのひざの上で自分からすすんで乗っかってきたのだ。

【かじき】
かじき
あまりにも幸せそうな顔をして寝ていたので撮影。

【くじら】
くじら
本当にそういう名前らしい。人間、こういう面構えになりたいものである。

【くらげ】
くらげ
以上は千葉県の南房総市にある「猫(にゃん)だ!パーク」で働いている猫たち。
自分の家に猫がいるにもかかわらず、なんでわざわざ南房総まで猫とコミュニケーションをとりにゆかなきゃいけないのかよくわからない。わからないけど、ここへはいずれまた行ってみようかなと思わせるものがあるから不思議だ。
猫や犬や動物とのコミュニケーションパークがどんどん撤退してゆく中、これだけの遠隔地にもかかわらず開館から10周年を迎えたのだという。そして今なお房総では大人気のスポットだと聞いている。
なぜこの施設が今なお頑張っているのか?
それは行ってみてよくわかった。

【クーちゃん】
クーちゃん
最後は我が家の居候野良猫のクーちゃんである。

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