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2月, 2012
雪のヤビツ
1年に366日生きられるのは人生を得したような気分になる。2月29日という日はそういう日だと思っている。
しかも珍しく大雪だ。
その上、今日は5週目だから会社はお休み。
おまけに、今年はスタッドレスタイヤがある。
つまり誰かが「雪を愉しめ」と言っているようなもんだ。
そんなわけで高校受験も一段落して「のほほん」と半ドンで帰宅した長女を連れてドライブへ。
行き先はなぜかヤビツ峠の手前にある展望台。特に理由はないけど、雪道を攻める楽しむのであれば、一番近場と思ったからだ。
大きな地図で見る
東名の大井松田から先が通行止めになった影響だろうか、厚木から先で30分ほど「全く動かない渋滞」というヤツに巻き込まれた。完全に東名高速道路は駐車場と化した。
長女が最近お気に入りのThe Whoの「四重人格」を流しながらながらあれこれ話す。
ようやく渋滞が動きだし、秦野中井ICで降りて山へ。ヤビツ峠の展望台に到着したのは17時前だった。

(ヤビツ峠からみた秦野の町並)
さらに峠の方まで進んでみることにした。
このあたりまでは道路の除雪もできているのだけど、ここから1kmほど行った地点から先は完全な雪道となった。

この先は夏でも面倒な道なので、今から2時間かけて宮ケ瀬まで抜ける勇気はない。
3kmほど走ったところで引き返すことにした。
ちょうど日没の時間に再び展望台までさしかかる。

(箱根方面)

(深山幽谷?)
「長野県で撮影しました」と言ってもゴマかせそうだ(実際のところ、雪国だと森や山まで白一色になる)。
神奈川でこれだけの景色が見れたら充分だと思った。
ボーイスカウトと宗教と銀行と
- 2012-02-22 (水)
- 管理人のたわごと
僕の記憶では、ボーイスカウト(カブ隊)への入隊を誘ったのはクラスメイトの山口君だった。小学校2年生の時の話だ。
普通だと家の最寄の団に入隊するものなのだけど、なぜか我々が入隊したのは東神奈川にある横浜57団、宗教団体の「孝道教団」が運営するスカウト隊だった。
なぜ宗教団体が運営する団に入隊したのかよくわからなかった。だけど近所の団もお寺さんが運営していたから、特に疑問も感じずにここに通っていた。
毎週日曜日にスカウトの制服でビシっと決め、山口君とともに国鉄京浜東北線で東神奈川へと通う。
この制服ってヤツがなかなかカッコよくて、これだけでもいい気分になったものだ。
毎週様々な活動を行った。
凧揚げ、運動会、サバイバルゲーム、鼓笛隊の練習、ロープの結び方の練習、飯盒炊さん、工作、街のゴミ拾い、.....時には泊りがけで舎営(合宿)にも行った。子供なりにアウトドアライフを楽しみ、集団生活を楽しんでいたと思う。
大きな宗教法人が運営していたせいか、たとえ日曜日が雨になっても活動する場所が確保されていた。
泊りがけの合宿のことをスカウト用語で「舎営」というけど、その舎営も葉山の教団施設だったり信者の家だったりと、「その日の傘」には困らなかった。
そのいっぽうで宗教行事への出席をさせられることもあり、それはかなり退屈なものだった。

(小学校3年生の僕。山梨県の都留市に舎営へ行った際に富岳風穴前で撮影。撮影日は昭和49年7月26日だからウォーターゲート事件で全米が震撼していたまっただ中、このような「ヘン顔」をしていたことになる。だけどそれはニクソン大統領のせいであって僕のせいではない)
今回この記事を書くにあたって、教団のHPを拝見した。
当時は教団の「初代統理様」である岡野正道師がご存命だった。僕はその方「講話」を聞いたわけだから、ある意味(信者の方々にとっては)貴重な経験をさせてもらったわけだけど、「統理様」のお話は小学生には難しすぎたのだろう。全く覚えていないのだからとんでもない話である。
宗教行事といえば、教団は毎年春に「花まつり」というのを行っていた。団員は鼓笛隊を組み、教団歌を演奏しながら六角橋や東白楽あたりを行進した。この鼓笛隊でみなと祭のパレードにも出演したこともある。ボーイスカウトというのは外部から見た話で、教団内では「孝道健児隊」だったわけだから、何でもあったわけだ。
両親も僕も信徒ではなかったので、まあ「ボーイスカウトというものはこういうものだ」程度に思っていたのだろう。

(昭和50年、鼓笛隊で縦笛を吹く管理人)
不思議なことに、こんな宗教的な活動もしていたにもかかわらず、「何か」に影響を受けるということは一度もなかった。
今でも正月と盆以外は宗教の「し」の字も出てこない典型的な日本人を通しているのだから、不思議なものだ。
まだ「宗教」と言うものを理解し、受容するだけの頭がなかったのだろう。子供であるということは、時には都合のよいようにできている。

(昭和51年。ネッカチーフを極限まで細く巻く方がオシャレだと気付いた頃)
結局、僕はカブ隊でやめてしまったけど、山口君はボーイ隊まで進級していったと記憶している。
だが、テント設営や飯盒炊さんの腕は、後になって思わぬところで役に立った。
中学校2年生の時...昭和54年だったと思うけど、友人のK君とS君と那須にキャンプに行った。その際、僕が2人にテントの設営と飯盒炊さんを教えたことがある。
それから30年後、同窓会でK君と再会した。
名刺交換をして驚いたのは、彼が僕の会社のメインバンクの支店長だった、ということだ。
ちょうど僕は業務拡張のために、会社は新たな資金を必要としていた。これ幸いとばかりに融資できないものかと、切り出してみた。
そうしたら彼はこう言った。
「中二の時の那須キャンプ、あれは君がいなけりゃあとても実現しなかった。テントの張り方、飯盒炊さんのやり方、おかげで楽しかったよ。君だったら融資しても多分大丈夫!」。
後日、本当にそれで融資が実現したのだから驚いた。「テントの張り方」や「飯盒炊さん」の腕で融資を受けることのできた数少ない企業であることは間違いない。
さて先日のこと。
Facebookで山口君と再会し、彼が教室に遊びに来てくれた。実に昭和55年以来32年ぶりの再会だった。
僕は長年の疑問を彼にぶつけてみた。
「山口のご両親って、教団の信徒だったの?君に誘われて57団に入ったけど、結構宗教の行事に引っ張り出されたよな」
そうしたら山口が驚いた顔をして言った。
「よく言うよ、俺は君に誘われてボーイスカウトに入ったんだぜ。君のご両親が信者だったんだと思ってたよ!」
結局どっちが誘ったのか記憶になく、どちらの親も教団の信徒ではなかった、ということだけが判明した。
じゃあ誰が57団に入隊させたのだろう.....この謎だけが永遠に続いてゆく。
今日のインプットアウトプット
- 2012-02-18 (土)
- ライブレポ(教室関係) | 管理人のたわごと
代官山の「晴れたら空に豆まいて」で行われる「男性ボーカリスト」まつざき幸介さんのアコーステイックライブへ行ってきた。
1:14時、haruセンセとKazu君と上大岡を出発する。
2:第三京浜を降りて目黒通りを走る。
3:ちょっと等々力渓谷によってみる。横浜から生徒さんなどを乗せて行く場合に案内する「都会の穴場」だ。

4:そのまま目黒通りの家具屋さんに寄る。そろそろ教室のインテリアを新しいものに変えようかな、どうしようかなと考えているところだった。このお店の家具が気に入る。衝動買いしたくなる気持ちをおさえるのに必死。

5:代官山に到着。花屋さんでまつざきさんにプレゼント用の花を購入。
6:開始15分前にライブハウス「晴れたら空に豆まいて」に到着。3年前にTheatre Brookのライブで来たハコに、まさか生徒さんのライブで来るとは思わなかった。

7:ライブ開始。
ピアノ、アコーステイックギター、パーカッションというシンプルな編成で行われた。まつざきさんの「歌」に集中できるライブだった。
昨年12月14日に発売されたアルバム「Signpost」からの選曲を中心にした選曲。途中ではシャンソンも歌ったし、「ギター練習開始1か月」という弾き語りでフォークソングを歌うという挑戦もあった。
今まで「演歌歌手」というイメージの強かったまつざきさんにとっては、「男性ボーカリスト」という新しい出発点となるライブイベントだったと思う。
以前、ご縁があって「君すむ街」のピアノ伴奏をさせて頂いたことがあったけど、今回のピアノのお姉さんの伴奏は比べものにならないぐらい凄いアレンジだった。
ただ、アウトロ部分にCDにはないイントロ部分を再び持ってくるのは僕の方が先だったよ(笑)
8:ステージのMCでまつざきさんが自慢した巡業用のCDバッグ。
1月のblog「スペシャルな」でも、その設計図を公開していたけど、本日初お目見えとなった。

その道の達人ほど、道具にはこだわるものだ。
9:以前から気になっていた恵比寿の「ちりとり鍋大島」へ。
金曜日ということもあり、お店は満員。
独特の四角い鍋にバラ・ハラミなどの赤身牛肉とテッチャン・ハチノスなどの牛モツ肉をモミダレに絡めたものを ベースに、野菜は 新鮮なタマネギ・キャベツ・モヤシ・ニラ・青ネギ・キムチを鍋からこぼれんばかりにふんだんにのせ、コクのあるちょっとピリ辛味噌ベースのダシで煮込むのが特徴です。

野菜の甘みと味噌の辛味とがいいハーモニーで、しかも健康的。もうお腹いっぱい。
10:これであっさり横浜へと引き上げるタマじゃない。
ちょっと寄り道をして、2月12日に開通したばかりの東京ゲートブリッジを渡りに行く。「橋マニア」としては当然のことだ。雪の降りだした東京の街を抜けレインボーブリッジを一般道で渡り、お台場から海底トンネルを使えば橋まではあっと言う間。舗装されたばかりのアスファルトは快適。全長2,618mの橋を渡りきってからUターンして再び渡った。周辺が広大な埋め立て地と海だけに、ベイブリッジほどの夜景は望めなかったが、日中に渡ったらさぞかし気持ちがいいだろう。ディズニーランドの抜け道には使えるかもしれない。
それにしても濃い一日でした。
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