鳩と剣

小学校高学年の頃の話。
当時、僕は友人の"顔面"...彼のあだ名である....と一緒に剣道を習っていた。
そして、さほど実力もないのに、ひょんなことから日本武道館で試合を行うことになってしまった。親が試合に来なかったことからしても、いかに僕の実力が期待されていなかったかがよくわかる。

さて、その試合に当時の外務大臣鳩山威一郎が来るらしいというので、僕と"顔面"は試合そっちのけで大喜びした。この頃の小学生の思考回路では「大臣」を見れるというのは、有名タレントを見れるというのと同じぐらい凄いことだったのだ。
「サインもらいたいなぁ」
「もらえるわけねーだろ。ボディーガードに押さえつけられるに決まってるじゃん」
なんていう"顔面"との会話の中で妄想はどんどん膨らんでゆく。

いよいよ開会式みたいなものがあって、僕と「顔面」がワクワクしながら待っていると、司会者が冷酷にもこんなようなことを言ってくれた。
「本日、残念ながら外務大臣は諸般の事情のため、おいでになれなくなりました。外務次官の●●様より大臣の挨拶を代読させて頂きます」

それを聞いた僕と"顔面"は立礼のまま内心こう思った。
「チッ、来たのは次官かよ~」
国家君主にでもなったおつもりですか的な傲慢な子供心を内在しながら、我々は次官を見つめていた。そのせいか試合の方は一回戦から「胴を取るのが上手い」と評判の埼玉の小学生に面ばかり取られて(笑)あっさり負けてしまった。

というわけで鳩山威一郎を目撃するという千載一遇のチャンスを失った僕と"顔面"であったが、その後、僕と"顔面"の間ではちょっとした「鳩山威一郎ブーム」が発生した。テレビのニュースに出ていたとか新聞の記事になっていたとか、そんな程度の話題に過ぎなかったが、そんな些細なことが我々と鳩山威一郎との距離を近くしてしまったのである。

ある時、"顔面"だか僕だったか忘れたが、衝撃的な事実を発見した。
「鳩山威一郎(いいちろう)」の父が「鳩山一郎(いちろう)」だったという事実だ。

この事実について"顔面"と僕は意見を交換しあった。
「息子の名前に"い"を余計につけるということは....」
「威一郎の息子はきっと"いいいちろう"に違いない!」

そして僕と"顔面"はまだ見ぬ"いいちろう"の息子"いいいちろう“に想いを馳せたのだった。
(おしまい)