You Only Live Twice -ジョン・バリー死去-

2018/1/31 水曜日

2月1日付の新聞各紙は、紙面の片隅で作曲家のジョン・バリーの死について報道した。

ロイター通信によると、ジョン・バリーさん(英国出身の作曲家)が1月30日、心臓発作のためニューヨークで死去した。77歳。
ロンドンで作曲を学び、ジャズ・バンド活動後、映画音楽を数多く手がけた。「007」シリーズの「ゴールドフィンガー」「ロシアより愛をこめて」などのテーマ曲が有名。映画「愛と哀しみの果て」「ダンス・ウィズ・ウルブズ」などでアカデミー賞を5回受けた。(ロンドン)

1960年代のブリットポップ、とりわけスパイ・ミュージックのマニアにとっては、ジョン・バリーという名前は格別な意味を持っている。
初期「007」のサウンドトラックには必ず演奏者として"John Barry Orchestra"の名前がクレジットされているからだ。

僕が持っているサウンドトラック
「ドクターノオ Dr.No (1962)」
「ロシアより愛をこめて From Russia with Love (1963)」
「ゴールドフィンガー Goldfinger (1964)」
「サンダーボール作戦 Thunderball (1965)」
「007は二度死ぬ You Only Live Twice (1967)」
のオリジナルサウンドトラックはすべてジョン・バリー・オーケストラの名義になっている。

また「007」シリーズではリアルタイムで有名なシンガーによって、様々な主題歌が歌われてヒットしているけど、
「ゴールドフィンガー」(シャーリー・バッシー)
「サンダーボール」(トム・ジョーンズ)
「007は二度死ぬ」(ナンシー・シナトラ)
という初期の名曲を作曲したのもジョン・バリーである。

じゃあ。キム・ヨナも氷上で踊ったあの有名なエレキギター「デンデケデンデンデン~デンデンデン」ではじまる「James Bond Theme」を作曲したのもジョン・バリーかといえば、話はややこしくなる。

この曲は様々なスパイ・ミュージックやサウンドトラックのコンピレーションに収録されているけど、その作曲者クレジットは「モンティ・ノーマン」。つまりジョン・バリーではない。ところが中には「ノーマン/バリー」とクレジットされているものもある。

真相はこうだ。
1:「007」の第一作「ドクターノオ」の映画音楽を、プロデューサーのアルバート・R・ブロッコリとハリー・サルツマンはモンティ・ノーマンに依頼した。
2:ところがモンティ・ノーマンは「Under the Mango Tree(マンゴーの木の下で)」というカリプソ色全開のノンビリした曲を作曲、それを映画のテーマ曲にしようとした。「ドクター・ノオ」がジャマイカを舞台にした映画だったからだ。

「Under the Mango Tree(マンゴーの木の下で)」

3:それに反発したプロデューサーたちは、テーマ曲を書き直すようにノーマンに依頼する。ノーマンはヤケ気味になって、新たにテーマ曲を作曲する。元ネタはノーマン自身が前年に作曲した「Good Sign, Bad Sign」という曲。V・S・ナイポールの小説「ビスワス氏の家 A House for Mr. Biswas」をミュージカルにした際に、彼が書いたスコアの中の一曲だった。

「Good Sign, Bad Sign」(この音源はノーマン自身が「ボンド」を自分の作曲だとアピールするためにあえて再録音された音源。

4:ところがノーマンは相変わらず土着的なアレンジから逃げ出せない。そのアレンジ作業は袋小路にハマっていた。本人はよほど「マンゴーの木の下で」が気に入っていたようだ。それを手助けしたのがジョン・バリー。彼もまた自分が2年前にアダム・フェイスのために書いた「Poor Me」のイントロ部分などを、再利用しようと考えた。

「Adam Faith Poor Me (1960)」

5:そしてバリーはさらに原曲を解体修理する。彼はこの曲に当時アメリカから輸入されてイギリスでも流行っていたサーフ・ミュージック(イギリスでサーフィンができるかどうかは知らないけど、The Whoのキース・ムーンも当時はサーフ・ミュージックのバンドでドラムを叩いていた)に目をつけ、デュアン・エディ風のギターサウンドと、ジャジーな展開による豪華なオーケストラアレンジをほどこした。

「007 -James Bond Theme-」

スパイ音楽の「お手本」みたいになったこの「ジェームズ・ボンドのテーマ」はその後も「007」シリーズの中で使われ続け、舞台がアメリカになろうと、日本になろうと、宇宙になろうと、普遍のサウンドを鳴らし続けている。というわけ。「007」をシリーズ化して、どんな舞台にも耐えうるテーマを作ろうとした点で、ジョン・バリーとプロデューサーには先見の明があったといえるだろう。

こと作曲に関してはノーマンなんだろうけど、むしろジョン・バリーのアレンジの功績が大きすぎるが故に1990年代になって訴訟騒ぎまで起きている。

いやはや、こんな小難しい話はもういいや。
この曲は3歳の子供でも知っている。
僕の子供たちが小さかった頃、この曲にあわせて踊っているのを見たことがある。むろん彼女たちはこの映画を知らない。
知らないにもかかわらず、「迫り来る危険」を体で表現していた。しかも決して楽曲を怖がる風ではなく、コミカルな感じでそれを表現していた。
この時、僕は「あっ、ジョン・バリーはジェームズ・ボンドのキャラクターを、誰にでもわかるぐらい見事にアレンジしたんだな」と思った。
迫り来る危険をいささかコミカルなタッチで凌いでゆく主人公に、これほどお似合いのアレンジはなかっただろう。

以下余談。
バリー・グレイが1966年から67年にかけて作曲した「007は二度死ぬ」(ナンシー・シナトラ)には2バージョンある。
ナンシー自身がシングルとしてリリースし、映画のオープニングで使われたのはイントロにバックコーラスがあり、ボーカルに入ってからのファズギターがかなり前に出ているバージョン。(リンク先参照

いっぽうサウンドトラックのバージョンでは映画の舞台が日本ということもあって、「えせ日本サウンド」とでもいうべき、中国風の木琴が高らかにからんでくる。

「You Only Live Twice (1967)」
なんのかんの言いながら、モンティ・ノーマンもジョン・バリーも「異国的」というのには目がなかったと思われる。これを聞くと日本のエージェントとして出演していた丹波哲郎を思い出す。

実はこれがモトネタだったんじゃないかという曲がある。
2年後にリリースされたKing Crimsonの「I Talk To The Wind」だ。

「I Talk To The Wind (1969)」

まあ、そんな風にゼロから音楽が生まれないわけで.....そこが音楽の面白いところかもしれない。

最後にジョン・バリーのこれまた有名な映画主題歌で彼のご冥福を祈る。

「野生のエルザ Born Free (1966)」