保津峡を下った後の船の行方

京都の夏の風物詩といえば保津川下り。
亀岡の船着場から激流の保津峡を下ってゆく。「英国王のスピーチ」のお兄ちゃんのエドワード8世も、昭和天皇もそれぞれ皇太子時代に、保津川下りをされたと公式サイトには誇らしげに記されている。

さぞかし涼しいだろうとは思うけど、残念なことに僕自身は一度も乗ったことがない。

ここで問題なのが16km以上の激流を下った船をどうするのか?ということ。
その答がコレ。

船はトラックで陸送される。
物集女街道(もずめかいどう)から千代原口(ちよはらぐち)に出たトラックは、国道9号を使って再び亀岡へと運ばれてゆく。
カミさんの実家が千代原口から近いせいか、必ずこのトラックと遭遇する。
だけどマトモに撮影できたのは今回が始めてだった。

「陸送される船」というのもまた京都の夏の風物詩。

(Wikiによると、かつては船頭さんが縄で上流へと引っ張り上げていたそうです。そして今では船頭さんは山陰本線で亀岡に戻るそうです)

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