2台持ち

暑さのせいで、ついにもう一台iPod Classicを購入してしまった。

理由は暑さだけではない。「曲が収まりきれなくなってしまった」からだ。
8年前、僕はこの仕事をする前に、京都のスタジオから依頼されて、明治、大正、昭和期の貴重なアナログ盤をデジタル化する仕事をしたことがある。
その際に、集めたレアな音源や、自分の持っている昭和期の音源を70枚以上のCD-Rをコンパイルした。
「ニッポノホン」と命名したそのコンピレーションには、慶応4年から昭和45年までの貴重な音源がクロニクル形式で収録されている。
これらの音源をiPodで持ち歩くことに関しては全く手付かずのままだった。もともと音楽と歴史が好きな人間だが、「歴史的音源」というのはまさにストライクゾーンだ。
貴重な音源の数々を、どうしても持ち歩きたかった。

理由はもうひとつある。
「おー」さんの情報では秋より"iCloud“というサービスが始まるという。このサービスでは実質的にサーバーに自分の音源を預けているのと一緒の状態となるのだという。だとすればiPod Classicの大容量化には終止符が打たれるだろう。今後はiPod Touchのようなずっと小容量で通信可能なタイプへと移行してゆくに違いない。だとすれば、大容量のClassicは生産終了になるやもしれない(実際店頭では品薄状態がここ半年ほど続いている)。僕の場合、既存のCDでハイおしまいというわけにはいかない。それもまた購入に踏み切った大きな理由だった。

そんなわけで松井須磨子(大正時代の女優。「カチューシャの唄(大正3年)」「ゴンドラの唄(大正4年)」がヒット)、鳥取春陽(大正期の演歌師、「のんき節(大正13年)」「船頭小唄(大正11年)」)、平井英子(昭和初期の童謡歌手。「茶目子の一日(昭和4年)」)などが、気軽に聞けるようになった。

当時のレコードといえば、「SP盤」といわれるもの。回転数は78回転。シェラックという材質のせいかズシリと重い。片面に収録できるのはせいぜい初期で5分弱、後期で20分強というシロモノだ。
ちょっと計算してみた。これを平均ビットレートを160kbpsのMp3フォーマットに変換してiPodに収録すると、概算で2万枚以上(つまり両面で4万曲以上)のSP盤を格納することができる。神田の有名なSP盤専門店に富士レコードさんがあるけど、あのお店の在庫は「SP盤、常時2万枚以上」と言われている。つまりお店のSP盤がまるごとこのプレイヤーに収録できるわけだ。なんだかとんでもなく失礼な話だ。

さて、松井須磨子の「カチューシャの唄」、この曲は大正3年の5月の某日、京都にあった東洋蓄音器商会(ラクダ印のオリエント・レコード)のスタジオでレコーディングされている。この東洋蓄音器商会だけど、阪急四条大宮駅を下がったあたりにスタジオがあったと聞いたことがある(東山という説もあり、どうも判然としない)。
文字や映像や写真とは違って「音」というものは、歴史の一部分を三次元的に切り取っていると思う。録音したその時その時の空間や空気というものを鮮やかに再現しているからだ。だから僕は「これは大正3年初夏の京都の空気なんだな」と思いながら聞く。

なにしろ暑い。こんな暑い季節にはこういう音楽が耳に心地よい。だから時空を超えたところに現実逃避するのだ。