静岡まで防音スタジオ見学

珍しく静岡県富士市まで日帰り出張。
独自の技術で防音スタジオを施工する「幸昭」さんを見学させて頂いた。

仕事がら、なかなか遠方へ出張するという機会がない。
だから横浜から静岡なんていう距離を出張したのは実に18年ぶりじゃないだろうか。
普段アメリカだパリだ大阪だと移動している方々がちょっとうらやましくなる。

その出張にKAKEL氏を誘う。
誘い文句はこれだ、ワン、ツー、スリー。
「明日、静岡の防音スタジオのショールーム見学しに行くんだけど、行くかい?。君なら横浜町田IC付近で拾えるし、何よりもミュージシャンなら一度見ておいた方がいいんじゃないかな」。

そもそも静岡というところは、音楽教育が盛んな県だ。
それもそのはずで、有名な楽器メーカーは静岡県に多い。パッと思いつく限りでもヤマハ、カワイ、ローランド、トーカイなんて有名ブランドはみんな静岡を本社としている。
各社が展開する音楽教室なども静岡から始まったものが多く、それに伴うように独自の技術を培ってきた防音スタジオの施工業者が多いのだ。

そして今日、東名を疾走する謎のコンビがいた。
BGMは、なぜか神聖かまってちゃんの「友だちを殺してまで」。

午後2時すぎには幸昭さんに到着。早速、商談室に案内して頂く。
面白いことに商談室そのものが防音室のモデルルームとなっていた。

ひととおり打ち合わせや商品の説明を伺ったのち、「ではこの部屋で実際に防音の効果を試してみましょうか」ということになった。

そこで、
「じゃあKAKEL君、悪いけど歌ってみて」と言う。
「えっ、まさか宗さん、そのために僕を誘ったとか?」
「そうだよ、気づかなかった」

遮音性能の比較には、40デシベルの防音扉と35デシベル防音扉があって、その両方を試してみる。

まず40デシベル防音扉の外側からKAKEL氏の歌声を聞く。
美空ひばり「真っ赤な太陽」がかなり小さな音で聞こえてくるのに爆笑する。
確かに遮音性は高い。

次いで35デシベル防音扉の外側に立つ。
今度は美空ひばりのサイケデリック・ロック「むらさきの夜明け」が聞こえてくる。
「マニアックなところを持ってきたな」と思いつつ耳を傾ける。こちらは現在の教室の遮音性能より高い。

KAKEL氏はネタのつもりだったのだろうけど、知っている曲を使い分けて歌ってくれたのはありがたかった。
おかげで「40デシベルは”真っ赤な太陽”だからこのぐらい響いていた、35デシベルは”むらさきの夜明け”だからこのぐらい響いていた」というのが、今でも記憶に残っている。

商談ルームを出ると、急に周辺の騒音が耳に入ってきた。
社屋のすぐそばを走る新幹線が走る音がかなりうるさい。このあたりは直線区間のため最高速で走るからだ。
「オフィスと商談室を防音仕様にする前は、それはうるさいものでした」

さらにショールームに移動して各種スタジオを見学させて頂く。ここでもKAKEL氏に活躍してもらう。

この写真でKAKEL氏が入っているのが、僕が興味を持った技術のひとつ「音パット」。響きやすい低音の反響をかなり低減してしまう技術の体感装置だ。実際に体感してみて、その違いの鮮やかさには驚いた。

さらに音響試験用のスタジオに入れてもらう。各種計測を行う部屋で防音性能は100デシベルだという。内部は1960年代以前の「エコーチェンバー」のように、かなり声が響く設計になっている。
ここでKAKELに声を出してもらう。するとかすかに和田アキ子の「古い日記」が聞こえてきた。ちょうど100mぐらい遠くで歌っているような感覚だ。

社員の方が、
「100デシベル防音で漏れてくるとは凄い声量ですね~」と驚く。
「だから連れてきたんですよ(笑)」と言う。

ひととおり見学させて頂いた時、時計は2時間を経過していた。色々な可能性に満ち溢れた大変有意義な時間となった。

こう言っては大変失礼かもしれないが、(ウチの会社ほどでないにせよ)「幸昭」さんは一般的に知名度は低いかもしれない。
社屋もビルというものではなく工場の建物を使用している(ただしオフィスはオシャレ)。
でもここからJR東日本から発注されるような防音技術が生まれている。「日本の企業の本当の強さはこれだよなぁ」と改めて思う。一介の町工場が世界でもトップクラスの技術を作りだしているという事例を、我々は知識として知っている。ここもそうした「強さ」を持った企業なのだと強く感じた。横浜くんだりから訪れた収穫は確実にあった。

幸昭さんを辞した後、わざわざここまで連いてきてくれて、自ら音響実験のサンプルとなってくれてKAKEL氏のために、おすすめの場所へと案内することにした。




興津の町から山道を登っていった所にある薩埵峠(さつたとうげ)がそれだ。

大きな地図で見る
東海道五十三次の由比と興津の間にあるこの峠、もし晴天ならば眼下に広がる駿河湾と富士の眺めが実に美しい。前回来たときも今回も富士がハッキリ見れないのが残念だけど、それでも絶景には変わりない。
そして、歌川(安藤)広重の「東海道五十三次 由比」に描かれた風景は、当時も今もほとんど変わりはないと思う。

(江戸時代と今とを比較してみる)
KAKEL氏は「すげー」を連発して喜んでくれた。良かった良かった。

(海上の道と化している東名高速道路)

(国道一号のバイパスが、東名とねじれながら峠を越えてゆく)
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さて、僕が勤務する株式会社ミューズポートも、おかげさまで8月31日をもちまして無事に二期目を終えることができました。決算月ということで大忙しでしたが、最後にはこうした出張もあり、美しい風景のおまけも味わうこともできました。
何よりも三期目へつながる大きな布石も打つこともできたので、とても意義のある一日になったと思います。

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