無限の夢をありがとう

2011/10/9 日曜日

Appleの設立者であったスティーブ・ジョブズ氏が亡くなった。享年56歳。
でも、ここでは彼の人物論など書くつもりはない。彼の人物評ならばいくらでも誰かが書くだろう。自分の目線で書けることを書いてみる。

あれは1990年の夏休みのことだった。
関西に勤務していた僕が実家に戻ると、親父が「俊、いいもの見せてやろう」と言って、買ったばかりのPCを見せてくれた。それがMacintosh IIcxだった。

(今では押入れに眠っている2台のMacintosh IIcx(1990)と、初のCD-R搭載モデルだったLC630(1994)。もしかしたら今でも動くかもしれない)

このマシンとの出会いは、僕にとっては衝撃的だった。
1980年代には親父の持っていたNECのPC98を見よう見真似で遊んできたし、就職してからは会社にあるNECの「何とか」っていうPC(LanplanとLanwordが入っているやつ)を使ってきたけど、これは全く別次元のシロモノだった。

まず、今まで使ってきたPCにはGUIという発想はなかった。真っ黒な黒画面に白(あるいは緑)の文字を入力してゆくか、白線と数字で表を作るだけだった。
ところが、このPCは、白をベースとした画面に黒グラフィックでアイコンが描画されていて、フォルダがあり、メニューがある。

(古典的なMacのマウス)
それだけでも感動だったのに、マウスという得体のしれないものまでついている。
「どう使うの?これ」というところから始まって、親父から操作の仕方を教わっていった。
机の端までマウスを動かして「あららら、この先がない!」なんていうオーソドックスなボケをやったりしながら、マウスの操作に慣れていった。

すべてにおいて感動の連続だったけど、特に印象に残っているのが「ゴミ箱」。
不要なファイルをゴミ箱にドラッグすると、ゴミ箱が膨らむ。
今では誰でも当たり前のように思うこの挙動に「このアメリカンジョークは日本人の発想じゃないな」と思ったし、これだけで感動ものだった。

親父は言った。
「これを作ったスティーブ・ジョブズっていう男は、最初ガレージでマッキントッシュを作り始めたんだぜ。アメリカらしい話だろ」。
豊富な感性と直感とに恵まれ、一方で独裁的で暴走馬のように行動できる経営者である彼の名前を知ったこれが最初だった。

この時の衝撃や感動によって「よし!これからはパーソナライズされたPCの時代が来る!」とか決意して、その道を選んでいたとすれば、今頃は何か別のことをやっていたかもしれない。だけど、幸か不幸か「Sim City」と音楽にハマるところから逸脱しなかったために、今はボーカル・スクールの経営者となっている。

あれから21年がたち、PCは格段に進歩した。たけどこの時の感動というものは、ずっと自分の重要なエレメントになっている。
決して一貫したMac信者ではなかったけど、自分でマシンを作り、自分で会社のウェブサイトをメンテし、僕の手元にはiPodとiPhoneがある。
ひとつに親父のお陰であるし、ひとつにジョブズ氏のおかげだったと思う。余談を言えば、今でも子供たちが忘れられない映画として挙げるのが「トイ・ストーリー」。あれもジョブズ氏のおかげで生まれた作品だった。

先日、親父の金婚式のお祝いのひとつとしてiPhoneをプレゼントした(よりにもよってauショックの数日前だった)。「MacのKeynoteで作ったプレゼン資料があるのだけど、これをiPhoneのアプリを使ってプロジェクターに投影できるだろうか?」という相談を受けたのがきっかけだった。
僕にとってはこんな凄い親父へのお返しの意味が多分にあったことは間違いない。

実際のところ、厳密な意味で現在のようなGUIやマウスでの操作というものを発明したのが誰かは知らない。だけど直接的にせよ間接的にせよ、PCとスマートフォンと携帯音楽プレイヤーという3点で影響と利便性と無限の夢を与えてくれたジョブズ氏の死に際して、深く哀悼の意を表したい。