ホイップ男

長女が「お父さん、お誕生日おめでとう、私がケーキ作るね」と言ってくれた。
なんだか自分のこづかいで材料を色々買い揃えてきたようだ。

こいつは嬉しいと思っていると、何やらキッチンでガサゴソやっている。
そして「泡立て機が壊れているようだから、お父さん泡立てるのやってくれない」ときた。

まさに「水が欲しければ、自分で井戸を掘れ」だ。

ボールに向かってごしごし、ごしごし。
そうしたらある事を思い出した。
「そうだ、入社した時に工場でこれやったな」。

1990年の4月、乳業会社に入社した際、社員研修で大阪工場に行かされたことがある。
その時に先輩社員から5種類の業務用(レストランとかで使うやつ)ホイップクリームを渡された。
「(俺は忙しいから)これをすべて泡立てて、簡単な比較表を作っといてね」と言われた。
同時に「時間も計ってね」とストップ・ウォッチまで渡された。

(こういうやつ)

生クリームの泡立てなんて生まれて初めての経験だった。
工場倉庫の片隅に店を広げて、ひたすらごしごし、ごしごし。
まあ時間がかかること、かかること。本当にこれがクリームになるのかいな?と思いながら悪戦苦闘した。5種類の泡立てだったから1時間以上かかったかもしれない。
できあがったものを逐次冷蔵庫にいれながら、ごしごし、ごしごし。

そうやって完成したクリームを食べ比べてみると、味の違うこと、違うこと....
比較表といっても基準があるわけではないから、泡立てにかかった所要時間、甘さ、オーバーラン(空気含有量=感覚的)、脂肪くささ(感覚的)、主観的な美味しさ、価格順(推定)あたりを踏まえて簡単な表にして提出した。

先輩社員は「ふむ、レポートはこれでいいよ。どう思った?」と尋ねてきた。
「生クリームだけで、これだけの種類を製造していることにも驚きましたが、それぞれの商品にこれだけの個性があるとは思わなかったです」と言うと、こう言われた。
「こういう商品を売ってゆくのが君の仕事だ(注:僕の所属はアイスクリーム課)。だから商品には熟知してね。それとモノ作りには必ず製造の現場がある。それを忘れないでね」と言われた。

おかげで今でもホイップクリームの質の良しあしぐらいはわかる。

そんなことを思い出しながらごしごし、ごしごし。
ようやくできあがったクリームを娘が盛ってゆく。

なんだか荒削りななのは、あの子らしいとして、これは本当に美味しかった。