富士山とお月様とおぜんざい

日曜日の話。

久しぶりに家族4人で遠出することになった。
朝いちの時点では娘たちを東京の原宿へ連れていってあげるつもりだった。

ところがお昼前にFacebookを見ていたら、友人が大井松田の河津桜と富士山の画像をUPしている。
満開の桜、快晴の青空と富士山のコントラストが実に美しかった。
桜も気になるが、ここのところ全くと言っていいほど晴天の富士山を見る機会に恵まれていなかった。
あっさりと方針は変更され、行先は富士山方面ということになった。

原宿....といっても戸塚区の原宿から国道一号へ、そして新湘南バイパスはひとつめの茅ヶ崎中央ICで降りる。
このあたりから見える富士山も見事だった。

とりあえず大井松田まで行ってみたのはいいけれど、河津桜の会場は駐車場待ちの渋滞が起きていた。
これはとうてい無理だとUターンしながら、ない知恵を絞ってみた。
河津桜は山の斜面にあるわけだから、山の上の方に駐車して、下って見学はできないものだろうか?あるいは見下ろせないものだろうか?
そんなことを考えながら246号を走らせていたら、山の上への取り付き道があるではないか。
これは塩梅が良さそうだといきおい登ってみた。

急な山道にもかかわらず意外と対向車は多かった。
「これは山の上の方の駐車場に着くに違いない」と合点しながら進んでいった。
そうしたらなんだかとても景色のいいところへ出てきてしまった。

何てことはない、山道の先にあったのはゴルフ場で、対向車はそこから出てきた車たちだった、というわけ。
もはや河津桜はどこへ行ってしまったかわからなかった。桜よりもはるかに標高の高い地点へ登ってしまったことは間違いなかった。

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「どこだよここ」と思いながらも、眼下にはヤビツ峠に匹敵するような素晴らしい風景が広がっていた。
酒匂川と小田原の街並、そして海の先には大島も見える。

やや雲が増えていたけど、ここから見る富士山もダイナミックだった。

このあとが大変だった。道はどんどん狭くなり、運転を誤れば崖から転落しかねないような場所もあった。
苦労しながら、なんとか246号へと出た。
もう河津桜はあきらめることにして、御殿場へ行くことにした。
実にいい加減なドライブだと思う。

御殿場の街からは国道138号線を箱根方面へと進んでゆく。
普通ならば乙女トンネルで箱根へ抜けるのだけど、何の気まぐれか手前の深沢東という交差点から県道401号へと入ってみた。
この道を走るのは10年ぶりだ。細く曲がりくねった道が長尾峠や芦ノ湖方面へと続いている。
峠の走り屋にとってはお気に入りのコースらしい。

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僕は永年の間、この県道401号を「乙女峠の旧道」というニュアンスでとらえていた。
乙女トンネルを通らずに箱根外輪山を越える道であることから生じた誤解なのだけど、実際には大きく迂回して、乙女峠とは2kmほど離れた長尾峠というところを短いトンネルで越えている。
だから「長尾峠越えの道」と考えるのが正しいようだ。

ものの10分も走っただろうか、突然視界が開けて、一軒の茶屋があらわれた。「しるこや」とある。
ここから箱根へ出たあたりで夕食と考えていたから、本来はスルーしてもよかったのだけど「しるこ」の3文字に負けてしまった。

(18時21分撮影)
建っている石碑によれば「駿河台」という場所らしい。どこかで聞いたことのある名前だけど、場所が場所だけにこちらの方がリアリティがある。

とても寒い場所なので、家族はさっさと「おしるこや」に入ってしまったけど、僕は富士を眺めていた。こんな美しい富士は見たことがなかったからだ。

(18時23分撮影)

夜のとばりが降りてゆく中、上弦の月が富士山の左手で輝いていた。空の青色は浮世絵の藍のように深かった。
「ああそうか、これがヒロシゲブルーってやつだな」と思った。江戸時代、安藤広重の描いた浮世絵は、その藍の色があまりにも美しいので、海外の人からこう呼ばれていたのだ。

だったら自分も浮世絵っぽく撮影しようと思いたった。
まずはiPhoneのカメラで4枚ほど撮影してみた。

(18時24分、iPhoneにて撮影)
なぜかは知らないけどiPhoneのカメラはやたらと青が映える。うまく撮影できているのか自信はなかったけど、Facebookにアップしてみた。

その後、Nikonの一眼レフ「D5100」で3枚ほど撮影してみた。

(18時27分撮影。クリックすると大きなサイズで表示されます)

僕はカメラの腕はド素人だ。
絞りとかシャッター速度なんてものすらわからない。本格的なプロの方の撮影には、到底かなわないことは充分にわかっている。
だけど自分の人生の中で忘れられない一枚が撮影できたと思っている。「一期一会」ということを、これほど痛感した一枚はないからだ。
この時「明るすぎもせず、暗すぎもせず」という時間は、わずか5分足らずだった。
快晴の日で、富士山に雲がひとつもなく、たまたまこの時間に、たまたまこの場所に居合わせたことは人生の中でも奇跡に近い偶然だった。

店内に戻ると、おぜんざいができていた。

(ぜんざいと富士山)
このぜんざいはとても美味しくて、冷え切った体を温めてくれた。

店主の話では、この「しるこや」は40年以上昔からあったらしい。
だけど前の経営者が営業をやめてしまい、廃屋のようになっていたのを、1年前からご店主が引き継いだのだそうだ。

店を出ると、すっかり夜のとばりに包まれた眼下には、御殿場の夜景が美しかった。