峠の力餅

カミさんと二人での山形旅行。奥羽山脈の山奥にある五色温泉に宿泊した翌日の話。

この日は米沢市内から南陽市まで行く予定だった。
普通なら五色温泉から板谷の集落まで降りたら、バイパス並の国道13号で一気に米沢市内に向かうのが定石。
だけど、のんびり山道の雪景色を愛でながら米沢に抜けてみたかった。
せっかくスタッドレスタイヤを装着してるのだから、雪道を走らなきゃ損だぐらい考えていた。

地図をみると「板谷峠」というのがあって、県道(232号)が米沢まで続いている。何も考えずに、この道に入っていった。

(山形 県道232号 板谷駅付近)

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(地図でいうと、このあたり)

曲がりくねった道をずんずん上ってゆく。
対向車との離合も可能だし、除雪も行き届いているしで、悪い道じゃない。

視界が開けた場所では青空と白い雪のコントラストが素晴らしかった。
これはいい道を見つけたものだと悦に入りながら進んで行ったら、20分ぐらい走ったところで、唐突にこんな雪の壁にぶちあたった。

「道路情報 板谷~大沢間 積雪のため全面通行止」とある。
つまり、どうあがいても米沢にはたどりつけない、ということだ。

「おいおい、もっと手前に"通行止"って書いておけよ」とその時には思った。

見渡すとこの地点は二差路になっている。

もうひとつの道は、1台の車が通るのがやっとながら、今いる尾根から南の谷へと続いているようだ。
標識には「姥湯温泉10km、滑川温泉6km、峠駅2.8km」とあった。

この道はあまり除雪されていないようで、昨晩の雪も残っていた。
みれば車の轍は1台分しかない。そういえば先ほど峠に上る途中で1台の4WDとすれ違ったな。おそらくその車の轍だろう。

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こんな道の先に駅があることは信じられないけれど、その先には温泉もあるようだ。とりあえず進んでみることにした。

何しろ車一台が通るのがやっとの雪道だ。対向車が来ないことを祈りつつ進むしかない。
朝10時30分の段階でまだ1台しか車が通ってないことには、ちょっと安心した。
「何とかなるだろう」と思いつつハンドルを握ってゆく。
おそらく向かう先の谷あいに駅があるのだろう。

ただ、途中に500mぐらいの一直線の下り坂があるのだけど、そこを下る際に一抹の不安がよぎった。
「帰りに、この坂を上れるのだろうか?」という不安だ。
そもそも先ほどすれ違った車は4WDだったじゃないか。まあいいか。

そんな風にしながら曲がりくねった雪道を20分も走っただろうか。突如として下り坂の先に急カーブがあらわれた。
あわててブレーキを踏んだらタイヤがロックしてゴゴゴゴと1mほど滑った。目と鼻の先には崖。これにはヒヤッとした。
一回で切り返せないカーブだった。おあつらえむきにスイッチバックできそうな道があったので、何とか切り返して進んだ。

そうしたら唐突に集落にたどり着いた。


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線路に面した集落には4~5軒の家が建っていた。
駅舎はどこだと進んだら、木で覆われた巨大建造物の内部に入り込み、その先に駅のホームが見えた。


これは防雪のためのドームなのだろう。

これが奥羽本線の「峠駅」だった。
こんな雪に埋もれた山間に人家があることも駅があることも信じられなかったけど、
そもそも駅に、いや集落には人の気配は全く感じられなかった。
「仙境」と言う場所があるとするならば、まさにここだろう。

後で知ったことだけど、この駅は明治32年に開業したそうだ。
山を穿ち、線路を敷き、駅舎を建て、列車を走らせる....というのはどんな鉄道工事にもつきものだ。
だが、ことこの駅に関しては、そうした先人たちの苦労をリアリティをもって感じることができた。
こんな山奥に線路があり、駅がある。きっと並大抵の土木工事ではなかったに違いない。

(そんな峠駅の時刻表は1日わずか6本)

駅の周辺をぶらぶらしていたら、踏切がカンカン鳴り出した。
おお列車が通過するのかと思い駅に引き返したら、唐突に最新鋭っぽい列車が通過していった。

ああ、これが山形新幹線というやつか。
人里から遠く離れた山間で、雪に覆われた無人駅、そこに唐突にあらわれる新幹線。
このギャップはなかなか凄いものがあった。ジャングルを踏み分けて入ったら、銀座の街が現れましたぐらいの感覚だった。

さて、これ以上先への道も見つからないので、今きた雪道を引き返そうということになった。
その帰り際にカミさんが「峠の力餅」という看板に気付いた。

カミさんが「これ、ガイドブックに載ってたお餅じゃないかな」と言うので、
「本当かよ、この季節に誰がここまで買いにくるのさ?」と言うと、
「いや、有名らしいよ。とりあえず売っているかどうか見てくる」と車から出てお店に入って行った。
さっきから人ひとり気配がない中で、お店に人なんているのだろうか?と思いながら待っていると、
2パックお餅を買って戻ってきた。
「えっ、誰かいたの?」
「おじいさん(いや、おばあさんだったかな?)がいて、売ってくれた」とカミさん。
これに驚きつつ戻りの雪道に入ってゆく。

カミさんによると、この「峠の力餅」は列車が峠駅に停車するタイミングにあわせて駅のホームで売っているらしい。
そのようにおじいさん(いや、おばあさんだったかな?)から聞いたらしい。
ただ、それに続く言葉は怖かった。
「おじいさんが私たちの車を見て”大丈夫かい?気を付けて帰ってね?”と言ってたよ」

おいおい.....まじかよ。地元の方にそう言われると、結構怖い。

今度は雪道の上りだ。
コイツ(僕の愛車)の馬力とスタッドレスタイヤの力を信じるしかない。
一番心配だったのが先ほどのスイッチバックのカーブ。
案の定一回では切り返せない、退避路に入って、一瞬タイヤを空転させながら、勢いをつけて上っていった。
対向車にヒヤヒヤしながら山道を進み、最後の難関、500mの急坂も一気に上っていった。
その間、車に対して「行け~頑張れ~」と叱咤激励していたのは、このバカ夫婦である。
ようやく県道232号に戻った。そして3分も走らないうちに対向車に出会った。
あと5分遅れていたら、500mの急坂でガチンコしていただろう。冷や汗が流れた。

(谷の向こうに昨晩泊まった五色温泉がみえた)

翌々日、自宅に帰ってから「力餅」を食べた。

死ぬほど美味しかった。
甘いものにはうるさい僕の父が絶賛するような味だった。
後で調べて気づいた。
このお餅はウィキペディアでも紹介されているぐらい有名なものだった。失礼しました。

さて、こんなことを考えた。
もし県道232号のとりつきに「積雪のため米沢方面には抜けられません」という看板があったら、いきなり米沢に直行していただろう。
もしあの雪の壁を見て、その場で引き返していたら、峠駅に行くこともなかったし、この駅の名前は心に刻まれもしなかっただろう。
あの駅の風情を楽しむこともできなかったし、このおいしいお餅のことを知ることもなかった。

「行き当たりばったり」という言い方にあまりいい意味はないけど、モノは考えようだ。
たとえ壁があっても、駄目なら駄目で別の展開をしてみる、別の楽しみ方をしてみる、というのはいけないことじゃない。
そこには思わぬ出会いや収穫があったりする。

これを高校に入学した長女に伝えてやろうっと。