お子ちゃまレコーディング記

2008/11/16 日曜日

たまたまマサトシさんからの紹介で入ってきた話が面白かった。

「知り合いがラジオのCMのバックの歌を、レコーディングしてくれる子供たちを捜しているそうです。小学生の女の子2名と男の子2名が必要なんだそうです」とのこと。

直接知り合いの方(=音楽プロデューサー)の方に伺うと、
「教室で歌っている感じなんで、フツーの元気なお子さんの雰囲気がいい」とのこと。

あっちゃこっちゃ打診した結果、女の子は僕の娘2人。そして知り合いルートで男の子2人が決定した。男の子たちは長女と同じ小学校の同級生なうえ、うち1人は偶然にも長女の隣の席の子だった。
なんてことはない「灯台もと暗し」だ。

日曜日、子供たちとその親御さんたちを車に乗せて、レコーディングに行ってきた。

場所は東京三田のmit Studio
使用された第3スタジオは主にラジオCM、ラジオドラマに使われているスタジオらしい。

音楽プロデューサーのお姉さん(マサトシさんのバイク仲間)は、何でもヤマダ電機のCM曲(作詞?)を製作された方だそうで、およそ「業界人」っぽくない気さくな方。逆に「うたのおねえさん」的なノリで、子供たちをずずずーっと引っ張ってくれた。

レコーディングは40分ぐらい。2バージョンをそれぞれ何テイクか収録した。すべてはPC制御でハードディスクへレコーディングされるから、実に効率がよい。
手持ち無沙汰気味に、オープンリールのテープレコーダーが、スタジオの隅でひっそりしていた。

収録したトラック(あるいは別テイクか?)を他の2トラックにコピーしていたから、最終トラックでは4*3で12人の子供が歌っているようになった。今後はデジタル処理で多少の「ズレ」を出したりして、いかにも12人の子供たちが合唱しているようにするのだろう。
子供たちも始めての体験だったけど、「うたのおねえさん」のおかげで、ニコニコとリラックスしながら元気に歌っていた。
「おねえさん」の狙いどおりの雰囲気が出せたんじゃないだろうか。

せっかく東京まで出てきたのだからと思い、子供たちを遊ばせてあげようと考えた。
近場で安く遊べるといえば愛宕山のNHK放送博物館しかない。僕は4~5年前に「下山事件」の調べもので2度ほど訪れたことがある(ちなみに下山定則の葬儀は愛宕山下の青松寺で行われている)。無料で入館できるうえ、NHKアーカイブもあるから、みんな楽しめる。

これは昭和25年製造の国産初のテープレコーダー。これを製作した東京通信工業がのちのSONYである。

あとこんなのもある。

昭和天皇みずからが終戦のラジオ放送(玉音放送)を行った際にレコーディングに使われた「録音盤」、いわゆる「玉音盤」の本物だ。「窒素ガスを封入したシールドケースに入れ、紫外・赤外線カットのガラスを使い、常時4℃を保つ恒温ケースで展示しています」とあった。おそらく日本の歴史上最も重要なレコードであることは間違いない。これは余談だけど昭和20年8月14日の深夜、玉音放送の録音に立ち会ったNHKの技師、長友俊一氏の甥が僕の高校の時の歴史の教師だった。「長友先生」はこの話を授業中にしてくれたことがあったけど、授業より面白かった。

なんてことはない、レコーディングの後で、レコーディングの歴史を振り返った、というわけ。

その後、博物館のお向かいへある愛宕神社へ。
「日本で最も怖い階段があるよ」と言ったら興味津々に子供たちはついてくる。
斜度40度、段数86段の愛宕山「出世の石段」だ。日本で一番怖いかどうかは知らないけど、この傾斜角は尋常じゃない。

信じられないことに、子供たちはここの駆け下り、駆け上り競争を始めてしまった。
子供たちのパワーには恐れいった。

フツーの子供たちにとって、レコーディング体験なんて滅多にないことだし、いずれラジオで自分たちの歌声が流れてくるのだろ
う。とてもいい思い出になったと思う。

こんな素敵なチャンスを教えてくださったマサトシさん。ありがとうございました< (_ _)>