「ほろ酔いトーク -黒澤明の一夜-」を終えて

昨日関内Three Sで行われた「ほろ酔いトーク -黒澤明の一夜-」は、無事に終了いたしました。
パリーグの優勝決定戦という「あいにくのコンディション」の中、おいで頂いた大勢のお客様、ありがとうございました。
拙い進行ではありましたが、楽しんで頂けたのであれば幸いです。
僕は何よりも「黒澤」を通して新しい出会いがあったことに感謝しております。
黒澤ブラック
(会場オリジナルカクテル「黒澤ブラック」)

さて、自分で主催しておいてこんなことを言うのもナンですが、人生の中でまさか自分が「トークライブ」をやるとは思いませんでした。
もちろん、そのテーマが「歴史的珍音源」でも「泡沫候補」でも「下山事件」でもなく「黒澤明」というのも、最近までは想像もしていなかったことなんです。

もちろんそれは偶然のような人と人との出会いから始まったことでした。

今回ゲストにお招きした大衆文化評論家の指田文夫さんとのご縁は、このブログにコメントを頂いたのがきっかけでした。
僕はこの方のペンネーム「さすらい日乗(にちじょう)」さんとしてのみ存じていたのですが、まさかその方が音楽雑誌に日本で数少ないRandy Newman評を書いている方だったとは想像もしていなかったのです。

実際にお会いしてその芸能世界(映画、演劇、音楽など)に対する知識の広さと深さに驚くとともに、この話をただの飲み屋トークにしておくのはもったいないと思いました。ちょうどご本人が「黒澤明の十字架」という本を出版されたこともあり、だったら黒澤映画をテーマにしたトークイベントをやってみようじゃないか、と思い立ったのでした。
黒澤本
(管理人所蔵の本とCDなど)

言うまでもなく僕自身も黒澤映画の大ファンです。
黒澤映画といえば「日本人離れした映像やストーリーのダイナミックさ」「緻密な脚本」「徹底したヒューマニズム」「人間の悲しみに対する深い洞察」「カメラワークの斬新さ」など、さまざまな事が語られており、とてもすべては並べることができませんが、僕自身は彼の映画の一本一本が持つディティールの細やかさ、エレメント(音・カメラワーク・セリフ・演出など)ひとつひとつの豊潤さ、そこから得られる情報量の多さに圧倒されながら彼の作品を見ます。
黒澤明の一夜
(アニキ撮影)

実はこのイベントを行うにあたって、改めて「静かなる決闘」をヘッドホンをつけながら見ました。
どちらかと言えば黒澤作品としては地味で、僕自身10年以上見ていなかった映画なのですが、改めて黒澤がどれだけ細やかに観客に対して情報を伝えているかに驚かされました。

主人公の苛立たしい気持ちを「洗面器に雨水が当たる音」で聴覚的に伝えているかと思えば、主人公の動揺した気持ちを「車が加速して通り過ぎてゆくエンジン音」だけで観客に伝えてしまいます。病院の看板には「医学博士」と「医学士」という文字があえてペンキで塗りつぶされている点にリアリティを感じますし(戦前と戦後の医師資格制度の変化が関係しているのか?)、深刻なシーンで突如として流れてくるハーモニカの「リンゴの歌」は次への場面展開をスムーズにするきっかけとして秀逸です。千石規子(今年1月に亡くなった)や三船敏郎が物憂げに座るポーズの流れるような美しさは印象的ですし、固定カメラが病院廊下の突き当たりで起こる事象を客観的に映してゆく演出も効果的です。そしてベランダに干されて風になびく白い包帯の美しさはストーリーが起承転結の「結」に入ったことを観客に伝えてきます。

こういう細かい積み重ねがもつ膨大な情報があるからこそ、黒澤映画には圧倒的な「力」があるのだと思います。
spiduction66 & 喉
(イベント終了後、ローソンでホッとする管理人と喉君)

今回のイベントは「黒澤の一夜」という大まかなテーマでしたし、世界的な影響の大きさや横浜との縁、そしてゲストの指田さんの著作「黒澤明の十字架」まで言及する形だったので、そこまで伝えきれたかな?という反省もあります。後半は「黒澤はなぜ徴兵されなかったのか?」というトークライブならではの濃いものになったのですが。
そんな中で、圧倒的な情報量の「指田トーク」をポイント分岐せずにお話し頂くという「転てつ器手」の役割もなかなかのものでありました。

僕自身は黒澤映画が「半沢直樹」に与えた影響や、「スターウォーズ」のジョージ・ルーカスが黒澤に泣かされたエピソードなどもお伝えできたのが良かったかな、と思っています。アンケートを拝見したところ「今まで詳しくなかったですが、黒澤映画をじっくり見てみようと思います」というご意見が沢山あったのには、ホッとした次第でした。

最後に、改めておいで頂いたお客様に感謝するとともに、会場を提供してくださったThree Sの久保田さん、ゲストの指田文夫さん、そして進行をしてくれたミュージシャンの「喉(のど)」君にもお礼申し上げます。