演歌学科です

2015/5/9 土曜日

「トラック野郎」シリーズのどのエピソードだったか忘れたけど、印象に残っているシーンがある。

連絡船のデッキで美しい女性が歌っている。
それを「ブラボー・ブラボー」と言いながら近づいて行く菅原文太。
「歌がお上手ですね!」と早速ヨイショすると、
「私、音楽大学に通ってますの」と答える女性。
そこで文太が早速話を合わせようとする。
「それは偶然ですね、僕も音楽大学出身なんですよ!」
「あら、そうなんですか。どちらの学科ですの?」と女性が尋ねると、

「ハイ!演歌学科です!」

もう小学生の頃にみた映画だから、記憶違いがあったら申し訳ない。
僕はこのシーンがとても印象に残っている…というか笑いこけた。

そうそう、僕の祖母は菅原文太のお母さんとは親友だった。
中等学校(仙台)だか師範学校(東京)時代だったかは忘れたけど、その位古いつきあいだったらしい。

そんな祖母から30年以上前に聞いた話をする。
この人の実家は荻窪にあって、祖母の話では「近衛(文麿)さんのお屋敷の近く」ということだから、荻窪二丁目の善福寺川に近い所にあったのだろう。
ちょうど「トラック野郎」で「菅原文太」という名前が僕ら子供でも知るようになった頃、文太のお母さんは祖母にこうこぼしたことがあるらしい。
「本当はあんな子じゃないですけどね~、あんなみっともない役をして.....お恥ずかしい」。
僕はその時に「へぇ~、菅原文太って本当はあんな人じゃないんだ」と思ってから、この人を見る目が変わった。
だから後年の落ち着いた演技を見るにつけ「本当はこういう人なんだよな」と、納得したものだ。

高倉健にロードムービーの傑作「幸福の黄色いハンカチ」があったように、菅原文太にも「トラック野郎」があった。
ここには1970年代の日本の風景がしっかりと記録されているから、道路マニアにはたまらない。
コンビニやチェーンストアや、全国展開の専門店がなかった時代の、まだまだ画一的ではなかった「日本の道」の風景がある。

こういう映画を見るにつけ、思うことがある。
映画に限らずいい芸術作品というものは、意識的にせよ無意識にせよ、その時代その時代を確実に切り取っている、ということだ。

最後に締めくくる言葉もないので、1970年代の子供らしく締めてみる。
文太さん、あの世でもデコトラで街道を爆走して下さい。できれば「こちとら17時までに荷物を届けなきゃいけないんだよ!」とか叫びながら。