デビッドボウイと京都

2016/1/15 金曜日

僕にとって「ボウイ」といえば「デビッド」でした。

京都に住んでいた頃、彼の目撃譚を何度となく聞いたものです。
南禅寺で見かけた、哲学の道で見かけた、疎水沿いですれ違ったe.t.c

京都ではジョンレノンと並んで二強の外タレ目撃譚だったのです。

それもそのはず、彼の家が京都にあったというのは有名な話。その住まいも鹿ケ谷説、粟田口説とか色々聞いています。
david
デビッド・ボウイの音楽といえば、ファッションのように自分のサウンドをホイホイ変えてゆくのが特徴ですが、一方で京都といえば千二百年の変わらぬ都です(見かけ上はね)。

その対比に彼は何を求めたのか?とても興味深いですね。

そして彼の住まいが鹿ケ谷だったら面白いでしょうね。平安時代に平家に対するクーデター未遂事件として「鹿ケ谷事件」というのがありました。まさにこの地でクーデター謀議が行われたんですね。
デビッド・ボウイがそんな地縁もあって「平家物語」を読んだとしたら…そこには「諸行無常」ってことがあるわけでしょう。
権勢もスターダムも美しさも永遠には続かないのだという真理を、遠い異国の古都で読んでいるロックスターという絵は想像するだけで面白いと思いませんか。

ああ、それにしても何とも切ないことになりました。もう長年親しんできたミュージシャンの訃報など聞きたくはありません。