第4次成長期な方々 at 関内Lazy Bones

2009/2/3 火曜日

さて、Mackさんの企画で「ヨコハマ・フォーク・ジャンボリー」というイベンが行われました。場所は関内のLazy Bones。普段はStonesのカバーからR&Bあたりを演奏しているMackさんがアリス、BeatlesのTributeバンドでJohn Lennonを担当している3人.....はっぴー小田嶋さん、Zippyさん、リュウちゃん...の3人がそれぞれ吉田拓郎、井上陽水、長渕剛に徹するという珍しいライブでした。

どうしてこういうことになったのかはわからないけど、コトの発端はJohn Lennon役に徹していたリュウちゃんではないかと、僕は思っています。「ナガブッチーだった」ことをカミングアウトして(あるいは開き直って)、新宿Lenon Houseでハッピー小田嶋さんと「長渕&拓郎ライブ」をやっちゃったあたりが元凶...いや原因なんじゃないかと、勝手に思っています。
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人間「いい年」になるとですね、「封印していた」あるいは「埋没させていた」過去の音楽趣味を開示したくなる、追体験したくなることもあるんです。

普段「シカゴブルース最高!」「Brian Jones在籍時のStonesしか認めねぇ!」「JohnのSpritsこそRockなんだよ」「ClaptonはやっぱりCreamでしょ」「Pete TownshendはRockの良心だ」なんてことをぬかしている方々も、いきなりロックを聴いていたわけではありません。「実は....」という感じで、「昔、アリスが好きでした」「昔、陽水が好きでした」「拓郎が好きでした」「ナガブチが好きでした」「さだまさしが好きでした(あっ、これ僕です)」という感じで少年時代の、そんな「耳の記憶」があるわけです。

そうした「耳の記憶」を、なぜ封印(あるいは埋没)させたのか?理由は簡単です。
「ロックやってる方がモテるから」です。
いや、正確にはそう思い込んでしまったからです(ちなみに僕が中学1年の頃、"さだ"を聞いていた理由は「好きな女の子が好きだったから」です)。

今でこそロックとフォークの間の距離感というものはずっと近いものになりましたが、30年前にはそれはとてもとても長いものだと感じていました。むろんロック的なものと、フォーク的なものの境目にいたアーチスト(はっぴいえんどや遠藤賢司なんかそうだと思います)も知りませんし、吉田拓郎をロック的な見地から深く聞きこむ機会もなかったのです。ちょっとでもロックを聞き出すと、あえてフォークを聞いていた自分を封印(あるいは埋没させて)、ガンガンロックをやりだす(聞きだす)ような人種はいくらでもいたと思います。

ある時、リュウちゃんから「実は、初期の長渕好きなんですよね~」と告白された(笑)時には驚きましたが、とてもわかる気がしました。リュウちゃんは長渕を「実は」好きなことは好きだけど、それは初期のアルバム4~5枚で、あとの長渕は全然わからないんだそうです。リュウちゃんに言わせると「今でこそ男気全開のカリスマになっちゃったけど、初期の長渕は繊細だけど迫力があった」。

それは僕も一緒なんです。僕はリュウちゃんにこう話しました。「実は」僕もさだまさしが好きだったんです。でもそれは「関白宣言」で売れてしまう前の初期のアルバムであって、それ以降のことは全然わからない、と。そしてこうも言いました。「"さだ"って"暗い"とか"女々しい"とか言われるけど、当時の彼のPOPミュージックを作るセンスは凄かったですよ。"Sunday Park (1978)"なんかでも、そう書けるメロディーじゃあありません」と。幸いリュウちゃんは、さだを聞いており、それをよくわかっていました。

でも、思うんです。
もし自分たちの15年ぐらい前を振り返るのならば「ナガブチ大好き」「さだ大好き」を全開モードにしていたら、多分それぞれ彼女に告白してもフラれていたでしょう(笑)。
でも結婚して、この年になってそんな話をしても、いきなり離縁話を突きつけられる可能性はないだろうという安心感はあります。現にリュウちゃんの奥さんは「ナガブチはやめてよ~」と苦笑していますし、僕のカミさんは「さだ」の初期の音楽を薦めても耳を貸そうとはしませんし、一度こっそりカミさんのiPODに入れておいたら、怒られたことがありますが、いまだにこれに基づいた離縁話はありません。

「イイ年になると、青年の頃に封印(埋没)させた音楽を再び聞きだす、演りだす」、これってもしかしたらオトナの第4次成長期なんじゃないでしょうか?

というわけでここまで書いたら紙数が過ぎてしまいました。そこで簡単なライブレポやります。
会場となったLazy Bonesは、立錐の余地がないぐらい観客で一杯でした...と書いたところで、笑っている人が何人かいるはずですが、まあいいでしょう。

立役者のMackさんはアリス1曲、なぜかもう1曲はDylanの"Knockin’ On Heaven’s Door"でした。
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そもそも「今はもうだれも」は、オリジナルがウッディー・ウーの曲ですから、本当に「埋没した過去」がアリスなんだかどうかは、永遠の謎でした。

続いてZippyさんが陽水。
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「つめたい部屋の世界地図」「二色の独楽」「帰れない二人」「人生が二度あれば」という感じで初期ポリドール時代の作品にこだわった選曲がツボでした。「傘がない」が、Grand Funk Railroad の「Heartbreaker」のコード進行の模倣だというのには驚きながらも納得。気付かなかったな。
Zippyさんの演奏の途中で、珍しくアメリカ人のお客さんが登場。急遽ひとり1曲は英語の曲をやろうということになり、ZippyさんはThe Beatlesの「Ask Me Why」をプレイ。

お次はヌッキー@リュウちゃんの長渕。
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とにかくJohn Lennonをやっている時と決定的に違うのは、後先考えずに突っ走る感じ。The Losebeat時代なんかは特にそうだけど、ステージ40曲(うちボーカルを担当する曲が15曲ぐらいあったと思います)というハードなステージをこなすのに、リュウちゃんはペース配分を守っていたんですが、今日のリュウちゃんはもう突っ走る突っ走る。何もかも一気に「だーん」とぶちまける感じ。長渕を思いっきりやりたくて仕方がなかったんだろうな~。しかも「祈り」なんか本当に迫力あった。以前聞いた時よりずっと鬼気迫ったのはなぜだろう。これにはジーンときました。ワンステージ30分という時間の短さそれ以上に、開き直りの強さみたいなものを感じました。なお、リュウちゃんが合間に挟んだ英語の曲は「Here Comes The Sun」でした。

トリははっぴー小田嶋さんの吉田拓郎。小田嶋さんは、以前から拓郎のカバーバンドをやっているようです。
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リュウちゃんから「小田嶋さんの拓郎は凄いよ」と聞いていたのですが、この方の声には驚きました。マジで拓郎にそっくりです。目をつぶって聞くと、そこに本人がいる感じでした。「マークⅡ」でも「祭のあと」でも、拓郎のサウンドは一番アメリカン・ロック的だから、アメリカさん(シアトル出身のジョン)には一番受けがよかったんじゃないかと思います。そんな小田嶋さんは英語曲は「Imagine」をやってくれました。

そんな感じのライブだったわけですが、考えてみるとこの3人は僕より2~3才年上でして、あの当時のこの年齢差は、かなり大きいんです。僕は拓郎も陽水も沈静化した頃に耳にした世代でして、当時ミリオンを出した陽水のアルバム「氷の世界」がそんなに売れたというのも、実感としてはありませんし、拓郎のサウンドも後追いで聞いた世代です。どちらかといえば「"さだ"やオフ・コースのニューミュージックの時代」なんです。

じゃあ、あと2~3年したら、僕もどっかでギター弾きながら"さだ"を歌う可能性があるか?それはないでしょう。第4次成長期に入るほどオトナじゃないので.....それに僕のカミさん、もしステージなんかで歌おうものなら.....