The Who、13年ぶりのアルバム「WHO」一曲ずつ感想を書いてみた

1981年に本格的にThe Whoにハマりだしてから38年の歳月が流れた。振り返ってみると、リアルタイムでリリースされたThe Whoのオリジナルアルバムと言えるものは、たった二枚しかない。「It’s Hard(1982)」「Endless Wire(2006)」がそれだ。

そして12月6日(海外では11/22)、13年ぶりにThe Whoのニューアルバム「WHO」がリリースされた。まるでハレー彗星が描く壮大な宇宙時間のようだ。そんな時間の中で、いま自分はこのアルバムを聞いている。

ようやくこれで3枚。

もちろんこの38年間、毎年のようにライブ盤、編集盤、リマスター盤、ソロアルバムがリリースされている。最近は完全に「The Who商法」が確立し、「オッサンホイホイ」状態になっている。「Won’t Get Fooled Again(再びカモにされてたまるか!)」と自分に言い聞かせ、買ったり買わなかったり、結局買ってしまったり、そんな事を繰り返している。

でもこれは事実だ。
自分にとってPete Townshendはロック史上最高のコンポーザーで、The Whoはロック史上最高のバンドで、「Who’s Next」はロック史上最高のアルバムで、彼らの音楽は自分の人生の中で大きなウェイトを占めているという事だ。

The Who「WHO(2019)」

だからと言って諸手を上げてなんでもかんでも高評価をするわけでもない。 聞くべきアーチストは他にも無限にいるからだ。 自分なりに冷静かつ愛情を持って、このダサくてカッコいいバンドに惹かれ続けている。

それにしても、このPeter Blake(「Sgt,Pepper’s」を手掛けた)デザインによる時代遅れのダサいジャケットは何とかならなかったのだろうかと思う。

などと言いつつ、ロンドン・バス、「Sell Out」のハインツ・ベイクド・ビーンズ、チャック・ベリー、ピンボールマシン、英国空軍のターゲットマーク、1966年頃のロジャー、Gibsonの広告、Batman、「Face Dances」のカセットテープのジャケット...彼らのバンド人生の多くが詰め込まれていて 微笑ましく思ってしまう自分がいる。

ダサいと言えば、Peteが自分のギターにいちいちナンバー入れているのが一番ダサい。

さてそんな「WHO」、2014年の「Be lucky」以来5年ぶりの新曲「Ball And Chain」が9月配信リリースされ、そのあたりから、冷静なフリをしながらそわそわしていた。

天下のThe WhoのニューアルバムをAmazonで買うのも何だか申し訳なくて(CDショップへの愛情もある)、予約しなくても買えるだろうと上大岡の新星堂に行ったら売り切れだ。おいおい、まさか店頭日(5日)に売り切れたんじゃないよね。

そこで冷や汗をかきながら横浜駅方面で働いているカミさんにLINEして、仕事帰りにタワレコで買ってきてもらった。もちろん「国内盤の初回のヤツで15トラック入りのやつ。今ならまだ缶バッチがついてるはず」と言うのを忘れなかった。

カミさん情報によればタワレコではニューアルバム「WHO」の特設コーナーが設けられていて、店内BGMも「WHO」だったとのことだ。その扱いの差に驚くと同時に(僕は逆にオッサンホイホイ系の新星堂の方が盛り上がるのだと思っていた)、商品をまんべんなく揃えなきゃいけないという国内系CDショップの宿命を感じずにはいられなかった。

帰宅して聞く。じっくりじっくり聞く…..

1 All This Music Must Fade
The Whoが戻ってきたんだなぁ、そう思わせたナイスなトップチューン。この曲は10月3日に先行配信された。疾走し、一瞬休止したかと思うと、彼ららしいソリッドなギターリフを繰り出してくる。「気にはしてないよ。君がこの曲を気に食わないって事。だってそうだろ、君と俺はウマが合ったことがないんだから」「このような音楽は、いずれ消えてゆく」と言う歌詞。 Peteによれば「盗作をしたと責められているすべてのアーチストに捧げた」とのこと。自分の音を常に大きな時間軸の中で客観的に見つめてきたPeteのスタンスをあらわしていると思った。

All This Music Must Fade

2 Ball And Chain
典型的The Whoスタイルのこの曲、Peteお得意のミニマルミュージックとロックの融合でもある。「はて、どこかで聞いた覚えがあるなぁ」と思ったら、2015年にリリースされたPete Townshendのベストアルバム「Truancy: The Very Best Of Pete Townshend」に収録されていた「Guantanamo」のリメイク。グアンタナモ湾収容キャンプを告発した作品。Peteの政治的な歌詞としてはかなりストレートなものではないだろうか。このアルバムからの先行配信一曲目として、9月13日にリリースされている。

Ball And Chain

3 I Don’t Wanna Get Wise
先行配信された作品を除けば、新曲の中で個人的に一番好きな曲。
ここまでの「怒涛の3曲」でテンションは上がりまくる。3曲を聞いて気付くのは、このアルバムが55年にわたるThe Whoのサウンドを総括しているんじゃないか?ということだ。長年聞いていると彼らのサウンドや曲作りのクセみたいなものがわかってくるのだけど、この3曲だけでも要所要所にそれがちりばめられている。総じて言えるのは1973年の「四重人格(Quadriphenia)」の未発表テイクが発見されたような感覚だ。ちなみにRogerはこのアルバムを「四重人格以来の傑作」と言っている。おいおい「By Numbers」だって地味に名曲だらけだぜと言いたい。

4 Detour
The Whoのファンならば、彼らの前進バンドの名が「The Detours」だった事を思い出すだろう。実は今年の3月、 The Detours時代のドラマーだったダグ・サンドムが亡くなっている。彼は最終的にキース・ムーンにとって替えられた(Peteによって解雇された)人物だ。当時の彼らのレパートリーだったBo Didley風のリズム(Magic Bus風でもある)を持ったこの曲は彼へのオマージュだったのかもしれない。「時には回り道(Detour)が必要だ」歌詞は意味深だ。そして曲は「 Baba O’Riley 」そっくりなシンセのシークエンスで終わる。

5 Beads On One String
彼らのアルバムには、必ずと言っていいほど妙にキャッチーで可愛らしくて素直な一曲が挟み込まれる。その立ち位置にいるのがこの曲。そしてこの5曲目あたりまで来ると「こりゃあもしかして"it’s Hard(1982)"以上にいいアルバムなんじゃないか」と思ってきた。幻想でも幻覚でもない。38年の中でリアルタイムで聞いた最もいいアルバムなんじゃないかって思ってくる。そのぐらい楽曲のクオリティも高いし、サウンドも綿密に作られている。管理人にしてみると、もうこの5曲でも充分という気持ちになってくる。

6 Hero Ground Zero
何てThe Whoらしいイントロなんだろう。この「ジャカジャーン」は林家三平の「どーもすいません」みたいなもの。この「ジャカジャーン」がやりたくて、高校生の時にギターを練習した事を思い出す。今では滅多にギターを人前で弾く事もないけど、弾けば「ジャカジャーン」をどこかに入れてしまうし、人様のギタープレイを聞いていて「ジャカジャーン」がないと消化不良を起こしてしまうという悪い体質になってしまった。
「Ground Zero」といっても2001年全米同時多発テロのWTCの事ではなく、ミュージックシーンの「Ground Zero」という意味。ある音が起爆剤になるのは一瞬の事であり、やがてそれは古臭い音になってゆくという事を、The Who自身になぞらえているのだろう。そういう意味では「 All This Music Must Fade 」と共通の意味を持つ歌詞だ。

7 Street Song
先日渋谷「HOME」でLief Hallというミニマル・ミュージック系アーチストのライブをみた。この時の事はこのblogでも書いている
ミニマルミュージック“というのは「余計な装飾を一切排し、音の動きを最小限にとどめ、パターン化された音型を反復させる音楽 」とWikipedeiaにはある。
ロック史におけるThe Whoの功績というのは、パンクロックのルーツ的な側面で語られる事が多いけど、Terry Rileyなどが描いた「ミニマル・ミュージック」をハードロックと結びつけてメジャーな存在にした功績は大きいと思う。1971年の「 Baba O’Riley 」然り、この「Street Song」然り。パターン化された無機的なサウンドを、ロックという有機的なサウンドと融合させている。

Baba O’Riley [1971]

亡くなられてしまったけど、レイ・ハラカミなどが日本ではミニマルの代表的なミュージシャンだったろう。そして現在でも、若手ミュージシャンの中には(意識してかしてないかはわからないけど)、このミニマルミュージックの手法を自分の音楽に取り込んで曲を書く人がいる。そう、コードが2つでも曲は作れるんだってこと。コードを2つしか知らなくても曲は生まれるんだってこと。「Street Song」はそうやって生まれるのさ。

8 I’ll Be Back
出たよ、意表を突く作品。The Who初のA.O.R. Popかよ。
なぜ今頃?という気もするけど、こういう多彩さ器用さがPeteの才能なんだよね。意表を突いたという意味では「It’s Hard(1982)」の「Eminence Front」を思い出した。

9 Break The News
Peteの弟Simon Townshendの作品。
Heavy Metalというジャンルがあって、Hard Rockというジャンルがあるわけだけど、The Whoは時折Light Metal(軽金属)だったりPop Rockだったりするのが魅力的だ。アコースティカルで軽快なこの曲もそんな作品だ。

10 Rockin’ In Rage
ひねくれ者Townshendの才能が出ている一曲。
なんじゃこのコード進行は?
1967年の 「Meloncholia」と変わらぬ「変態性」を感じる。

Pete townshend – Meloncholia [1967c]

11 She Rocked My World
「えっ、これで終わりなの?」というスパニッシュなテイストの曲でアルバムは終わる。個人的にはこの曲だけRogerのボーカルの調子が悪いように聞こえる。舌がうまく回っていないような気がするのだ。最近体調を崩すことが多いので、ちと心配。

以下Bonus Track

12 This Gun Will Misfire
「I Can See For Miles」を彷彿させるイントロで始まるこの曲、直線的にサウンドが進んでゆく。「物事は必ずしも完璧に終わるものではない、なぜなら銃は不発に終わる場合もあるからだ」という歌詞のコンセプトは、ミュージシャンの視点でみると「才能は常に芳醇であるわけではない」、ということになる。
Peteはそれを言い訳にせず、このアルバムを自信を持って送り出したのだろう。

13 Got Nothing To Prove
Pete Townshendは宅録オタクだ。膨大なデモテープを自宅で作ってはバンドメンバーに聞かせる事を1964年からずっと続けてきた。そのテープの一部は泥棒に盗まれた後でブートとして出回ったり、Pete自身が「Scoop」というシリーズでリリースしたり、WEBサイトで限定公開したりしてきた。こうした音源は自分なりにコレクトしてきたつもりなんだけど、この1966年のデモ音源は未聴だった。

ここには「僕がもう少し若い頃、自分の怒りを正当化せずにはいられなかった」という歌詞がある。

Got Nothing To Prove [1966/2019]

実際に1966年の夏ごろにThe Whoによってレコーディングもされたらしいのだが、マネジャーのキット・ランバートに「大人びた歌詞が若者向けのバンドのものではない」という理由でリリースを拒否したそうだ。Pete はこの曲に未練を感じていたようで、翌年にはJimmy James & The Vagabondsにレコーディングをすすめるのだけど、彼らにも拒否されたらしい。

「もう少し若い」はずが74歳を超えてしまったTownshend、彼はその未練を解消しようと引っ張りだしてきたようだ。新たにスパイサウンドのようなオーケストレーションをオーバーダビングさせた作品。当面「病みつき」の一曲になりそうだ。

14 Danny and My Ponies
ボーナストラックはPete Townshendのソロアルバム状態なんだけど、これまたアコースティカルな佳曲。もしかしたらこれらのBonusトラックは「WHO」の未収録曲をPeteが「ちくしょうめ!」と収録したのかもしれない。彼が歌うからこそしっくり来る曲というのはあるもので、これもそうした曲のひとつだったのだろう。

国内盤のみのBonus Track
15 Sand (Demo)
これまた詳細は不明なんだけど、声の感じからすると「Magic Bus」と同時期と推定。つまり1968年頃のデモテープに、新たにバンドサウンドをオーバーダビングさせた作品と思われる。

というわけで全曲の感想(解説?)を書いてみた。
自分をここまで動かしたのは、それだけのモチベーションを持たせる良質なアルバムだったからだ。1982年に市川市行徳駅前のレコード店「マウンテン」で「It’s Hard(1982)」を買って以来の消化不良がようやく解消できたからだ。僕の生まれた日(1965年12月3日)が、彼らの1st Album「My Generation」の発売日だった偶然に運命を感じるからだ。 1980年代、不当なぐらい人気のない時代、同世代に誰もファンがいなかった時代にコツコツ聞いていた秘密結社感を思い出すからだ。

そして、これが僕の人生を大きく動かしたバンドの「奇跡のラストアルバム」だと思っているからだ。