流れ橋 ~上津屋橋~

暴れん坊将軍がパッカパッカと馬でやってくる、「誠」の旗をおしたてて新選組がやってくる、うっかり八兵衛が「ご隠居~、おいてきぼりはひどいですよ~」と走り去ってゆく、そんな光景が下の画像から浮かんだとすれば、それは正解だ。
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「流れ橋」は京都府の南部、木津川にかかっている。れっきとした県道…いや府道で、京都府道281号(八幡城陽線)の一部として八幡市と久御山町をつないでいる。この橋が有名なのは、昭和28年の架橋以来、数多くの時代劇で使われてきたためだ。

大きな地図で見る上津屋橋(こうづやばし)という。こんな橋だけど地元の人にとっては生活になくてはならない橋のようだ。頻繁に原付や自転車が渡っていった。何しろ他に人間が歩行できる橋は下流の木津川大橋まで2.5km、上流の京奈和道橋まで2kmも離れている。
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なぜ「流れ橋」と言うのかについては上記ウィキペディアの記事や、aquaさん(?)のサイト→時代劇の風景→「流れ橋」に秀逸な記事があるので書きようもないのだけど、あえて書くとこうなる。
「踏み板を橋脚に固定していないため、川が増水すると、踏み板だけが流れてゆく構造となっている。増水時の水圧や滞留物の力を逃がすことで橋脚が壊れるのを防ぎ、それによって再度架橋することをたやすくしている橋」。
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橋というものは増水などですぐに壊れてしまうもの。だったら壊れやすくして、一番大切な橋脚だけを助けるようにしよう。
そういう発想だ…..これはこれで素晴らしい発想だと思う。
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実際には、橋げたはすべて下流に流れていってしまうのではなく、下のようなワイヤーで数ブロックごとに吊り下げるような形になるため、壊れても再利用が可能なんだそうだ。Aquaさんのサイトの「木津川 下流」という記事には2004年の台風で被害を受けた「流れ橋」の画像があるので必見だ。
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夏目漱石の「吾輩は猫である」にこんな文章がある。

西洋人のやり方は積極的積極的と云って近頃大分流行るが、あれは大なる欠点を持っているよ。
川が生意気だって橋をかける、山が気に喰わんと云って隧道(=トンネル)を堀る。交通が面倒だと云って鉄道をしく。それで永久満足が出来るものじゃない。(中略)西洋の文明は積極的、進取的かも知れないがつまり不満足で一生をくらす人の作った文明さ。
日本の文明は自分以外の状態を変化させて満足を求めるのじゃない。(中略)山があって隣国へ行かれなければ、山を崩すと云う考を起す代りに隣国へ行かんでも困らないと云う工夫をする。山を越さなくとも満足だと云う心持ちを養成するのだ。

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そんな日本人的な「消極的工夫」、そのひとつの例が「流れ橋」だったと思う。

帰りがけに近くの公民館らしき建物で、地元八幡市で採集された「やわた竹」の細工物の展示会をやっていた。
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「やわた竹」っていうのは、かつて世界的に有名だった。エジソンが白熱電球を発明した際、耐久性が最も優れているという理由から、この八幡の竹を電球のフィラメントに採用したのだ。19世紀の終わりごろの話。

電球と流れ橋……新しいものと古いもの、積極的な文明と消極的な工夫、対極の精神がひとつの街にあったというわけだ。

コメント

  1. しょーちゃん より:

    手すりは?手すりはないのですかっ!?
    私、渡れないかも…

  2. いけさん より:

    おお、四万十川にかかる沈下橋のようだ!

  3. spiduction66 より:

    >しょーちゃん
    残念ながら、手すりはないのですよ。
    橋の幅は意外と広いから大丈夫と思いますがね。
    原付で走るぐらいですから。

    >いけさん
    うん、沈むのを可とする意味じゃあ一緒だね!

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