...を作った人

2008/1/11 金曜日

僕の叔父(父の弟)は土木の技術畑を歩いてきた人でした。
建設会社に入社してまもない昭和35年から名神高速道路の京都付近の建設工事にたずさわりました。
その場所は京都南インター付近から天王山トンネル手前付近の区間だったと聞いています。
僕は仕事がら、ここを営業車で走ることが多かったのですが、その度に日本最初の高速道路の建設にたずさわった叔父のことを誇りに思っていました。

僕の記憶ではその後の叔父は、名古屋、北海道のどこか、香港などの築港工事、瀬戸大橋工事などのプロジェクトにかかわってきました。相次ぐ転勤でほとんど東京にいることはなかったため、会う機会は滅多にありませんでした。

この数年来、叔父は難病と戦ってきたのですが、あるとき家族に対して「自分が今まで作ってきたものを訪れたい」と言いました。そこで昨年の年末を利用して叔母、従兄弟、孫とともに旅に出たのです。

12月31日には名神高速の桂川PA(京都市)を訪れ、「名神高速起工の地」の看板前で記念撮影をしています。

そして翌1月1日には瀬戸大橋を訪れ、与島PAにある瀬戸大橋記念碑の前で記念撮影をしました。
どちらの写真でも車椅子に座った叔父は、家族に囲まれて幸せそうにニコニコ笑っていました。

叔父に予感があったのかどうかはわかりません。

メモリアルな旅を終え、明日には帰京しようとするその日、1月3日の未明のことでした。大阪で叔父の容態は急変し、そして帰らぬ人となったのです。享年71歳でした。

昨日、お葬式でした。
棺の中の叔父は、今にもニコっと笑いそうな表情をしていたのが印象的でした。

何もないところから形あるモノを作ってゆこうというのは、僕の家では昔から伝統です。そのアプローチや形はまちまちですが、各世代に必ずそんな人がいます。僕自身もささやかではありますが、そうやって生きています。その大小ではかるのはいけませんが、色々とドデカいモノを形として遺すことのできた叔父は幸せな人生だった思います。

こんな叔父に深く敬意をあらわすとともに、冥福を祈りたいと思います。