「太陽(ソンツェ)」

めったに映画のDVDなんて買わないんだけど、以前から密かに話題になっていた作品だったので、どうしても見たくて買ってしまいました。

タイトルは「太陽(ソンツェ)」。

ロシアの映画監督アレクサンドル・ソクーロフという人の2005年の作品なんですが、主人公は何と昭和天皇
この人をイッセー尾形が演じています。
もちろんセリフは日本語。作品の性格上、日本では極めて限定的にしか公開されなかった作品です。

いわゆる昭和20年の終戦の聖断から昭和21年の人間宣言までを、監督独自の時間軸と空間軸の中で描いた作品なんですが、昭和天皇の苦悩や人間的な部分を、時にはシリアス、時にはコミカルに描いています。

僕は「下山事件」なんてやっている位だから昭和史は大好きですし、イッセー尾形は「アトムおじさん」以来好きなんで、どんな風に昭和天皇を演じているのか見たかったのですが….驚きました。ソックリです。微妙に口ごもる話し方、「あ、そう」という言い方、口元をややしかめる感じ(もっともこれは後年の仕草だと思うけれど)、昭和時代にTVで見た「あの方」の雰囲気をよく観察しているなと思いました。

むろん監督の昭和天皇に対する解釈には違和感がないわけではありません。歴史的事実と異なる点もあります。でもこれはドキュメンタリーではなく、ソクーロフ的解釈だと思うことは必要です。

脚本もしっかりしていました。
僕が印象に残ったシーンに昭和天皇と科学者とのいささかトンチンカンな会話があります。

昭和天皇が、自分の祖父明治天皇が皇居上空で目撃したとするオーロラについて科学者に「そういうことが科学的にありえるのか」と尋ねます。
科学者はそれは断じてありえない自然現象であることを、科学的に説明します。ここでちょっとした言い争いになるのです。天皇は(プライベートでは海洋生物学者でもあるこの人は、とても科学的な思考の持ち主であるにもかかわらず)、「しかし(偉大なる)明治天皇が言われたのだよ」と、何だか見当違いな反論をします。科学者はこの論争を「おそらく明治大帝は偉大なる歌人であらせられたのでしょう(豊かなイマジーネーションの持ち主だったのでしょうという意味)」で切り抜けます。昭和天皇は不服そうな表情を見せながらも、この言葉を受け入れます。

「静かなる強い意志」を持った昭和天皇が、その意志を静かにしまわざるを得ない立場だったこと。それが故に敗戦という悲劇までゆかざるを得なかった歴史的事実。本来なら科学的思考の持ち主にもかかわらず、一方で伝統というものにも束縛されざるを得なかったという、昭和天皇自身が持っていた矛盾。
このシーンには2つの重要な点が描かれているなと感じました。
そして何よりも「あの方」だったら、間違いなくこういう会話するだろうな、と思わせるシーンでした。

うわ、何だか堅苦しくなっちゃったな。
最後になりますが、佐野史郎が演じた侍従長も素晴らしかったですよ。

以下余談。
今から21年ほど前のことです。僕は「歴史的な人物を生で見たい」という単純な理由から、彼女を連れて皇居で行われた天皇誕生日の一般参観に紛れ込んだことがあります。「あの方」は宮殿の防弾ガラスの向こうから、我々に手を振っていました。前知識がありすぎたということもあるのですが、言葉には表せない常人と違った一種独特の雰囲気....神様とも違うのだけど、世俗を超越してしまっているような雰囲気を感じました。なお、この日の晩餐会で昭和天皇は体調を壊され、以来闘病生活が始まったと記憶しています。

後にも先にも「あの方」を目撃したのはこの時だけです。

参考サイト:『太陽』佐野史郎単独インタビュー