く、くろすかっぷりんぐ?~根岸英一博士講演会 at 東京大学安田講堂~

中川いさみのシュールな4コママンガ「くまのプー太郎」にこんな話がある。

舞台は駅のホーム。少年が駅弁の売り子の格好で、こう呼びかけている。
「ノーベル賞いかがですかー!ノーベル賞いかがですかー!」
主人公のプー太郎が列車の車内から「ほっほっほっ、こりゃいいや、ひとつおくれ」と窓越しに言う。
すると少年は目をギラギラ輝かせながら、こう言った。
「これは、それなりの偉業をなしとげた人にだけ与えられる賞なんだ。なんでもお金で買えると思ったら大間違いだよ。」
少年は再び「ノーベル賞いかがですかー」と去ってゆく。
プー太郎は「いかがですかじゃねー、このガキ!」と叫ぶ。

狂乱のライブから一夜あけた11月29日月曜日。
僕はなぜかここにいた。

(東京大学安田記念講堂)

ひょんなことから親父のお供でノーベル化学賞を受賞しすることが決定した根岸英一さんの記念講演会に行ったのだ。
講演タイトルはこれ。

「Palladium-Catalyzed Cross Coupling Reaction that Has Revolutionalized Organic Syntheses」
(有機合成に革新をもたらしたパラジウム触媒クロスカップリング反応)

わかるか~い!

そもそも僕はガチガチの文系。理系だった親父とは大違いだ。
文系の人間の脳内は「海がきれい星がきれい」という文学的な詠嘆まではゆかないものの、下山事件がどうのこうのとか、ナチズムがどうだとか、The Whoの”Won’t Get Fooled Again”の最後の叫びはロックの叫びだとかそんなことばかり考えているはずだ。
まてよ、これって文系とか理系とかとは関係ないことばかりじゃん。
とにかく.....モノとモノとが厳然として唯一の反応結果....これもまたモノである....そんな結果を生み出すような化学(ケミカル)とは違う世界にいることは間違いない。

親父から教えられた講演会の日程は、よりにもよってライブの翌日だった。
「行けない可能性が高い」と親父には言っていた。
しかしその一方でノーベル賞を受賞するような業績をのこした方が、日ごろどのように物事を考え、どういうプロセスでそういう業績に至ったかを知りたいという純粋な興味はあった。

というわけでblogでライブの記事をUPしたあとに「根岸カップリング」の予習をしている自分がいた。
こういう時は子供向けの「Yahooきっず」でググるに限る。
そうしたら「“クロスカップリング”って、なに?」というわかりやすいサイトを見つけた。
ふむふむ、つまり「仲のよくない者同士(有機化合物同士)の間に仲人をたてて縁談をまとめる(有機化合物の結合)。その仲人(パラジウム、亜鉛、ホウ素)を見つけた3人のうちのひとり」が根岸さんということらしい。ちなみにパラジウムが仲人にいいことを発見したのがリチャードヘック氏、それに亜鉛を加えるといいことを発見したのが根岸さん、さらに亜鉛のかわりにホウ素がいいことを発見したのが鈴木章さん、ということらしい。

こんな予備知識をもって、眠い目をこすりながら親父と弥生門から最高学府に潜入した。
構内は東大のシンボルである銀杏の葉によって金色の絨毯になっていた。
冬ならではの澄んだ空気の中に並ぶ重厚な建物群は荘厳だ。蓄積された知の重さがオーラとなっている。ああこれって、京都のお寺の行った際に感じるものに近いな。

安田講堂の内部はこんな感じ。

最近だとNHK「ハーバード白熱教室@東京大学」の会場となっていたことを思い出す。

そんな講堂は聴衆でぎっしり。何しろ定員1000人というものがあっという間に埋まったというから凄い。東大の学生さんらしき人も多い。ケミカルの本(しかも英語の原書だぜ)を読みながら、根岸さんの到着を待っている人もいた。

そんな空気に押されたのかウィキペディアで無機化合物と有機化合物の違いを調べる。
「知らんのかい!」とツッコミを入れないでくれ。普通の人は知らないんだよ。
またこの年になって「ばけがく」をやるとは思わなんだ。

やがて根岸さんが奥様と登場。会場で拍手が沸き起こる。
まずは東大総長濱田純一さんの挨拶。
そんな中で根岸さんの学長顧問への就任が発表されたり、特別記念室の設置が発表された。
「若い人はノーベル賞への夢を持って欲しい」みたいな話があった。この方がこの場所で言うとリアリティがありすぎるな。

そして根岸さんが壇上へ。

まずは「ノーベル賞をとれる確率」というお話から始まった。
「20世紀の世界の人口が大雑把に100億人。それに対して過去のノーベル賞受賞者は700人です。これを大雑把に1000人とすると、ノーベル賞を受賞する人間の確率は1千万人にひとりということになります。これはもう宝くじみたいになっちゃうし、どうすればいいのかわからなくなるでしょう。しかし私はこの考え方は違うと思います。これを私流に考えるならば、一千万という数字は10の7乗です。10分の1のセレクションというプロセス....これならばそれほど難しいことではありません。そのステップ7回繰り返すと考えるならば、その先に見えてくるものもあると思います。」
このような話だった。

10分の1に選ばれる(あるいは選ぶ)というのも大変なことだが、根岸さんが言いたかったのはそのひとつひとつプロセスの重要性だ。確実なプロセスを経て確実にステッフを踏んでゆく。上を狙ってゆく。という考え方は何事にも共通することだ。

さあて、ここからが大変。
いよいよ「根岸カップリング」を発見するまでの話になるんだけど、専門用語が氾濫する中で学術的な話が続く。別に根岸さんが悪いんじゃなくて、この場所にいる僕が悪いだけだ。そもそもプロジェクターに投影される映像はすべて英語。それと日本語での講演なのだけど、要所要所の単語が英語だ。必死にメモってゆく。

まず有機物の合成に深く関係する「Green Chemistry」に関する根岸さんの見解があった。
High Yields (高収率でつくる・副産物つまりカスがなるべく出ないようにする)
Efficently (能率よくつくる、ステップが少なくてすむ)
Selectively (選択的である)
さらに
Economically (経済的である)
Safely (安全性が高い)
というわけで、それぞれの単語の頭文字をとって、
YES(ES)
というように考えているとのことだった。
要するに有機物の合成がなされて、それが生産物となるためにクリアしなければいけない絶対条件ということなんだろう。

続いて出てきたのが元素周期表。
おいおいこれは懐かしいぞ。受験以来25年ぶりの「すい・へー・りー・べー・ぼく・の・ふね」だ。
こうしたGreen Chemistryの考え方から「根岸カップリング」を行うとしたら、排除される元素があるというのだ。
放射性のあるもの(ラジウムなど)、毒性の強いもの(水銀やヒ素やカドミウムなど)がそれに当たるのだという。

何とかメモをとりながら話についてゆけたのはここまで。
ここから先はケミカルの世界なんで記憶にない(笑)。
ていうか確実に意識が飛んでいたような気がする。

最後に研究をするうえでのキーワードを語ってくださった。
“Noghing comes from nothing (何もないとこから何も生まれない)”
これは映画「サウンド・オブ・ミュージック」の中に出てくる有名な言葉。
根岸さん風に言えば「人のやった研究を参考にしない手はない」。
ただし気をつけなければいけないことがある。「それはあくまでも”Cross Factorization”に使う」ということだった。
「く、くろすふぁ~?」。この言葉の正確な意味はわからないけど、誰もが自由に使えるような技術(知識)として共有できるようにするという意味だろうか?何しろ「根岸カップリング」において根岸さんは特許を取得していない。これに関してウィキペディアにはこうあった。

特許を取得しなければ、我々の成果を誰でも気軽に使えるからと考え、半ば意識的にした。
? 根岸英一 , 2010年10月7日12時46分 読売新聞

僕はそんな風に理解した。間違っていたら、根岸さんごめんなさい。

もうひとつは
“Linear chase (真似する)”ということ。ただし「真似している以上は二流以上の研究にはならない。できるだけ真似するが、高度なレベルではやってはいけない」とおっしゃっていた。

結局最後の言葉を僕なりに解釈すると、こうなる。
今ある知識や技術というものは、嫌でも先人たちの研究や調査の積み重ねの上にある。そうした積み重ねを自分に吸収することが学問だ。
だから研究する上でも先人の積み重ねた成果をまっすぐに辿る(真似する)ことは決して間違ってはいない(ただしパクりはいけないが)。
ただし、そうして生み出した自己の成果について必要以上に独り占めをしてはいけない。
これは音楽にも言えることだと思った。

脳内シェイキングされた頭を整理しながら安田講堂を出た。

冬陽に照らされて金色に輝く銀杏の葉が目に痛かった。

コメント

  1. しょーちゃん より:

    すみません。最初から最後までわかりません。

  2. HAKU より:

    根岸先生の講演を聞きに行ったなんて羨ましいです!!クロスカップリング反応は僕もよく使っていましたが、本当に収率の良い反応でとても便利な反応です!

    話は変わりますが、僕がミュージシャンに対して、疑問を持つ点は、本当に影響を受けたアーティストなんかを隠したがって、自分の力で作り上げてきたようにいう事でしょうか・・・。これは、やはり先人達にとても失礼だと思います。

    科学の世界だと、論文を書いた際、参考にした文献などはきちんと表記します。そうやって、先人の残した成果を評価するシステムがあります。

    個人的には、音楽でもそういったシステムがあればいいなと思っています!

  3. spiduction66 より:

    >しょーちゃん
    アハハ、似たようなもんです。

  4. spiduction66 より:

    >HAKU君
    ご無沙汰してます。
    HAKU君はケミカルな人だったんですね。知らなかった。しかもクロスカップリングを使っていたというのも初耳でした。きっと僕の親父と話が合うと思いますよ。

    ミュージシャンの話ですが、これは語りだすと長くなりますね(笑)。たとえばこんな話はどうですか。
    Blue Haertsが再評価でブームになった1990年代の中盤以降、彼らの影響を受けたサウンドが結構出回りました。「メロコア系」と呼ばれるジャンルには特に多かったと思います。というかメロコア系=Blue Heartsじゃねえかと思っていたぐらいです。Blue Heartsのファンであることを公言していたバンドもありますし、そうでないものもあったかもしれません。しかし時が経つにつれて(2000年代以降)、「メロコア」というジャンルそのものに影響を受けたバンドが出てくるようになりました。こうなっちゃうとBlue Heartsも何もあったもんじゃありません。中にはBlue Heartsを聞いたことがないミュージシャンもいたと思います。もひとつ言えばBlue HeartsそのものがThe Whoに影響を受けているわけです。おかげでThe Whoも再評価→来日までなりましたが、The Whoのファンを公言するメロコア系バンドはそんなにいないと思います。そうやって考えてゆくと、インタビュー雑誌などで「好きなアーチスト」以上のものは明記しにくいんでしょうね。我々は音楽の歴史の流れから結局コイツはThe Whoの影響の延長線上にいるんだなという解釈をするしかなさそうです。

    あとオマージュっていうのはありますよね。初期ミスチルの桜井はコステロの影響を多大に受けていたと思いますし、実際そういうPVを作っていた記憶もあります。
    しかしミスチルがブレイクしたあとに沢山出てきたミスチルっぽいサウンドとメロディラインを持ったバンド(Smileなど)がありましたが、彼らがミスチルファンを公言していたかと言えば、多分言ってなかったでしょうね。もちろんコステロのコの字も知らなかったと思います(コステロのCDは入手しにくかったので)。HAKUさんはそれが言いたかったのかな?

    関連あるかどうかわかりませんが、僕は生徒さんの作った曲について見解を求められたときに、「Bメロのここの部分が絢香っぽいなぁ~隠せ隠せ」なんて言いますよ(笑)

  5. HAKU より:

    えぇ、ケミカルな人なんです。ただ、完全にケミカルではなく、最近流行のケミカルバイオロジー系ですが、、、実は、論文を何報か持っているので、社会人選抜で博士取りに行こうかと思っていますA^^;そんな感じなので、機会があればお父さんとも是非!(笑)

    音楽の話ですが、前者、後者両方でしょうか。。。まぁ、前者に関してはイングヴェイなんかも初期の頃は、ウルリッヒからの影響を否定していましたし、、、もうちょっと素直になればいいのに。。。って思います。

    まぁ、アーティストにとっては格好つけるのも大事な事かもしれませんね。

    ただ、今後の音楽をどれだけ成長させていくかを考えれば、誰が誰に影響を受けたのかという情報はとても大事な事だと思います。

    前者の話を引き合いに出すと、科学系雑誌では、メロコア系アーティスト→Blue Hearts→The Whoという流れを比較的用意に探しだす事ができます。これは一つの論文を読めば、その論文作製のために必要となった論文の雑誌名とページ数が表記されるため、それをたどっていけば原点まで行き着く事ができるわけです。

    しかし、音楽系雑誌は1アーティスト特集でも誰のどんな曲に影響を受けたかは分かりますが、その曲が入っているアルバムを買うとそこで情報が止まる可能性があります。また、その1アーティストについてもっと知りたい時は、基本的に次の特集が出るまで待たなければならなくなります。

    そのため、例えばその1アーティストの特集に関して、以前に特集した号や影響を受けたアーティストを特集した号をきちんと掲載しておけば、その号を自信をもって取り寄せる事が可能になってきます。

    そうなれば、読者側にとっても出版社側にとってもメリットはとても大きいのでは?と思います。また、音楽を進化させていくのにとても重要な役割をもつのではないかと思います。

    長々とすいません。。。

  6. spiduction66 より:

    >HAKU君
    いえいえ、この手の話は酒飲みながら語り続けるがベストです。
    ケミカルバイオロジーってバイオテクノロジーとは違うんでしょうね。さっぱり未知の世界です。

    さて、かのSex PistolsはアンチBeatlesというスタンスで登場し、ポストBeatles世代の若者を心を掴みながらPunk Musicを世界的なものにしたんですが、ロンドンのEMI本社でBeatlesの1stアルバムジャケ写と同じアングルから嬉しそうに見下ろしている写真が近年になって公開されています。結構Beatles好きだったことが伺えます。ところが彼らはEMIから契約を破棄されてしまう。その後凄腕のマネージャーの手によってアンチBeatlesのイメージを前面に押し出して成功するわけです。
    正に「格好つけ」だったわけですね。

    歴史が原因と結果の繰り返しであり、音楽も影響と創造の繰り返しですから、当然無から生まれた音楽などないわけです。そんな中で特定の音楽から影響を受けるということもアーチスト個別の努力であるという考えに立てば、ある程度影響を受けたアーチストを秘すことも「企業努力」であると言えると思います。そのあたりの曖昧さが多分に音楽を形作っているのではないでしょうか。

    僕の場合はあるアーチストの作品を聞くと、何に影響を受けたかというのは何となく嗅ぎつけられますし、逆にあまり聞き込んでいないで売れたようなアーチストに関しては、そのボキャブラリーの少なさから「長続きしないだろうな」ということは予想してしまいます。CDショップ時代からの癖です。リスナーにもあらかじめ知識武装が必要な場合もあるということです。

    出版社の記事表記の件は面白いと思います。「レココレ」などはやって欲しいですね。

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