く、くろすかっぷりんぐ?~根岸英一博士講演会 at 東京大学安田講堂~

2010/12/3 金曜日

中川いさみのシュールな4コママンガ「くまのプー太郎」にこんな話がある。

舞台は駅のホーム。少年が駅弁の売り子の格好で、こう呼びかけている。
「ノーベル賞いかがですかー!ノーベル賞いかがですかー!」
主人公のプー太郎が列車の車内から「ほっほっほっ、こりゃいいや、ひとつおくれ」と窓越しに言う。
すると少年は目をギラギラ輝かせながら、こう言った。
「これは、それなりの偉業をなしとげた人にだけ与えられる賞なんだ。なんでもお金で買えると思ったら大間違いだよ。」
少年は再び「ノーベル賞いかがですかー」と去ってゆく。
プー太郎は「いかがですかじゃねー、このガキ!」と叫ぶ。

狂乱のライブから一夜あけた11月29日月曜日。
僕はなぜかここにいた。

(東京大学安田記念講堂)

ひょんなことから親父のお供でノーベル化学賞を受賞しすることが決定した根岸英一さんの記念講演会に行ったのだ。
講演タイトルはこれ。

「Palladium-Catalyzed Cross Coupling Reaction that Has Revolutionalized Organic Syntheses」
(有機合成に革新をもたらしたパラジウム触媒クロスカップリング反応)

わかるか~い!

そもそも僕はガチガチの文系。理系だった親父とは大違いだ。
文系の人間の脳内は「海がきれい星がきれい」という文学的な詠嘆まではゆかないものの、下山事件がどうのこうのとか、ナチズムがどうだとか、The Whoの"Won’t Get Fooled Again"の最後の叫びはロックの叫びだとかそんなことばかり考えているはずだ。
まてよ、これって文系とか理系とかとは関係ないことばかりじゃん。
とにかく.....モノとモノとが厳然として唯一の反応結果....これもまたモノである....そんな結果を生み出すような化学(ケミカル)とは違う世界にいることは間違いない。

親父から教えられた講演会の日程は、よりにもよってライブの翌日だった。
「行けない可能性が高い」と親父には言っていた。
しかしその一方でノーベル賞を受賞するような業績をのこした方が、日ごろどのように物事を考え、どういうプロセスでそういう業績に至ったかを知りたいという純粋な興味はあった。

というわけでblogでライブの記事をUPしたあとに「根岸カップリング」の予習をしている自分がいた。
こういう時は子供向けの「Yahooきっず」でググるに限る。
そうしたら「“クロスカップリング"って、なに?」というわかりやすいサイトを見つけた。
ふむふむ、つまり「仲のよくない者同士(有機化合物同士)の間に仲人をたてて縁談をまとめる(有機化合物の結合)。その仲人(パラジウム、亜鉛、ホウ素)を見つけた3人のうちのひとり」が根岸さんということらしい。ちなみにパラジウムが仲人にいいことを発見したのがリチャードヘック氏、それに亜鉛を加えるといいことを発見したのが根岸さん、さらに亜鉛のかわりにホウ素がいいことを発見したのが鈴木章さん、ということらしい。

こんな予備知識をもって、眠い目をこすりながら親父と弥生門から最高学府に潜入した。
構内は東大のシンボルである銀杏の葉によって金色の絨毯になっていた。
冬ならではの澄んだ空気の中に並ぶ重厚な建物群は荘厳だ。蓄積された知の重さがオーラとなっている。ああこれって、京都のお寺の行った際に感じるものに近いな。

安田講堂の内部はこんな感じ。

最近だとNHK「ハーバード白熱教室@東京大学」の会場となっていたことを思い出す。

そんな講堂は聴衆でぎっしり。何しろ定員1000人というものがあっという間に埋まったというから凄い。東大の学生さんらしき人も多い。ケミカルの本(しかも英語の原書だぜ)を読みながら、根岸さんの到着を待っている人もいた。

そんな空気に押されたのかウィキペディアで無機化合物と有機化合物の違いを調べる。
「知らんのかい!」とツッコミを入れないでくれ。普通の人は知らないんだよ。
またこの年になって「ばけがく」をやるとは思わなんだ。

やがて根岸さんが奥様と登場。会場で拍手が沸き起こる。
まずは東大総長濱田純一さんの挨拶。
そんな中で根岸さんの学長顧問への就任が発表されたり、特別記念室の設置が発表された。
「若い人はノーベル賞への夢を持って欲しい」みたいな話があった。この方がこの場所で言うとリアリティがありすぎるな。

そして根岸さんが壇上へ。

まずは「ノーベル賞をとれる確率」というお話から始まった。
「20世紀の世界の人口が大雑把に100億人。それに対して過去のノーベル賞受賞者は700人です。これを大雑把に1000人とすると、ノーベル賞を受賞する人間の確率は1千万人にひとりということになります。これはもう宝くじみたいになっちゃうし、どうすればいいのかわからなくなるでしょう。しかし私はこの考え方は違うと思います。これを私流に考えるならば、一千万という数字は10の7乗です。10分の1のセレクションというプロセス....これならばそれほど難しいことではありません。そのステップ7回繰り返すと考えるならば、その先に見えてくるものもあると思います。」
このような話だった。

10分の1に選ばれる(あるいは選ぶ)というのも大変なことだが、根岸さんが言いたかったのはそのひとつひとつプロセスの重要性だ。確実なプロセスを経て確実にステッフを踏んでゆく。上を狙ってゆく。という考え方は何事にも共通することだ。

さあて、ここからが大変。
いよいよ「根岸カップリング」を発見するまでの話になるんだけど、専門用語が氾濫する中で学術的な話が続く。別に根岸さんが悪いんじゃなくて、この場所にいる僕が悪いだけだ。そもそもプロジェクターに投影される映像はすべて英語。それと日本語での講演なのだけど、要所要所の単語が英語だ。必死にメモってゆく。

まず有機物の合成に深く関係する「Green Chemistry」に関する根岸さんの見解があった。
High Yields (高収率でつくる・副産物つまりカスがなるべく出ないようにする)
Efficently (能率よくつくる、ステップが少なくてすむ)
Selectively (選択的である)
さらに
Economically (経済的である)
Safely (安全性が高い)
というわけで、それぞれの単語の頭文字をとって、
YES(ES)
というように考えているとのことだった。
要するに有機物の合成がなされて、それが生産物となるためにクリアしなければいけない絶対条件ということなんだろう。

続いて出てきたのが元素周期表。
おいおいこれは懐かしいぞ。受験以来25年ぶりの「すい・へー・りー・べー・ぼく・の・ふね」だ。
こうしたGreen Chemistryの考え方から「根岸カップリング」を行うとしたら、排除される元素があるというのだ。
放射性のあるもの(ラジウムなど)、毒性の強いもの(水銀やヒ素やカドミウムなど)がそれに当たるのだという。

何とかメモをとりながら話についてゆけたのはここまで。
ここから先はケミカルの世界なんで記憶にない(笑)。
ていうか確実に意識が飛んでいたような気がする。

最後に研究をするうえでのキーワードを語ってくださった。
“Noghing comes from nothing (何もないとこから何も生まれない)"
これは映画「サウンド・オブ・ミュージック」の中に出てくる有名な言葉。
根岸さん風に言えば「人のやった研究を参考にしない手はない」。
ただし気をつけなければいけないことがある。「それはあくまでも"Cross Factorization"に使う」ということだった。
「く、くろすふぁ~?」。この言葉の正確な意味はわからないけど、誰もが自由に使えるような技術(知識)として共有できるようにするという意味だろうか?何しろ「根岸カップリング」において根岸さんは特許を取得していない。これに関してウィキペディアにはこうあった。

特許を取得しなければ、我々の成果を誰でも気軽に使えるからと考え、半ば意識的にした。
? 根岸英一 , 2010年10月7日12時46分 読売新聞

僕はそんな風に理解した。間違っていたら、根岸さんごめんなさい。

もうひとつは
“Linear chase (真似する)"ということ。ただし「真似している以上は二流以上の研究にはならない。できるだけ真似するが、高度なレベルではやってはいけない」とおっしゃっていた。

結局最後の言葉を僕なりに解釈すると、こうなる。
今ある知識や技術というものは、嫌でも先人たちの研究や調査の積み重ねの上にある。そうした積み重ねを自分に吸収することが学問だ。
だから研究する上でも先人の積み重ねた成果をまっすぐに辿る(真似する)ことは決して間違ってはいない(ただしパクりはいけないが)。
ただし、そうして生み出した自己の成果について必要以上に独り占めをしてはいけない。
これは音楽にも言えることだと思った。

脳内シェイキングされた頭を整理しながら安田講堂を出た。

冬陽に照らされて金色に輝く銀杏の葉が目に痛かった。