最も新しき大大阪名所絵葉書(1)

この絵葉書は昔から僕の家にあったもの。
あまりにもいい雰囲気なので、中学生のころ額に入れて部屋に飾っていた。
大阪万博会場で見た未来都市はともかくとして、当時の僕にとって大阪のイメージは大体この程度だった。つまり昭和初期で止まっていた。ましてや大学卒業後の1990年、新入社員としてこの地に住むことになろうとは想像だにしなかった。
最も新しき 大大阪(だいおおさか)名所絵葉書
(最も新しき大大阪名所絵葉書)
今回スキャナでデジタル化してみたので、UPしてみる。題して「最も新しき 大大阪(だいおおさか)名所絵葉書」

(このblogにしては珍しく、画像をクリックすると大きな画像でご覧になれます)
パッケージには「十六枚組」とあるが、現存しているのは7枚。

1;大手前に聳(そび)ゆる大阪府庁舎の偉観
大手前に聳(そび)ゆる大阪府庁舎の偉観
大阪城のまん前に、この建物は現存する。ウィキペディアの「大阪府庁舎」によると1926(大正15)年竣工とあるから、すでに築82年。現存する最古の県庁舎なんだそうだ。
さてこの庁舎、以前から建て替えの話があった。だけど、肝心の大阪府が債務5兆円という財政難に陥ってしまったため、建て替えは見送られている。そんな老巧化した建物の中で橋下さんは頑張っているわけだが、道のりは険しそうだ。
意味不明のハコモノの乱発をしておきながら、自分たちが本来住まなきゃいけないハコには手が回らなかった、というわけ。

2:交通界の寵児、地下鉄、高速度電車
交通界の寵児、地下鉄、高速度電車
「梅田方面行のりば」「心斎橋方面行のりば」とあるから、現在の御堂筋線の淀屋橋駅か本町駅のどちらか、ということになる。おそらく淀屋橋駅だろう。ウィキペディアにあった現在の淀屋橋駅ホームの画像と天井のカーブ具合が極めて類似している。
御堂筋線は僕も通勤電車として利用していたけど、この区間の駅はドーム型の天井やレトロモダンな照明のデザインが美しくて見飽きなかった。行ったこともないけど「モスクワの地下鉄駅に似ているな」と思ったし、「手塚治虫のマンガ(”火の鳥”)に描かれている未来の地底都市に似ているな」とも思った。前者はともかくとして、後者の印象は当たっているかもしれない。手塚は阪大医学部(当時は中之島にあった)の学生だった頃、頻繁に淀屋橋駅を利用していたはずだ。
なおウィキによると御堂筋線が開業したのは1933(昭和8)年5月20日。2年半後の1935(昭和10)年10月30日には難波まで開通しているので、これらの写真が撮影されたのはその間の時期、ということになる。なお絵葉書に写っている電車は1両編成。同型の車両と思れるものが市の指定文化財として現存しているようだ。

最も新しき大大阪名所絵葉書(2)に続く

参考サイト
戦前の絵葉書にみる都市風景大阪の都市風景