宿のロシアンルーレット

2015/5/9 土曜日

旅に出るとつい欲が出る。
「ここも行こう、あそこも行こう」考えた挙句、強行軍となってしまう。
旅先の昼食なんていうのは無用の長物で、名所が閉まる17時までにどれだけあちこちを廻れるかということを考えてしまう。
遠い場所へ行くと、往復の交通費のモトを取ろうとやっきになってしまうのは、貧乏性の成せる技だ。

上高地へと行くようになったのは、それが理由だ。
ここに行くと「何もしない」ということができることに気づいたからだ。
「何もしない」ということはお金を使わないで済む。実に経済的な行動なのだ。
ついでに言えば、上高地の平均気温は20度だから、節電にもなっている。

相も変わらず西糸屋山荘に宿泊する。上高地の宿にしては良心的な宿泊料で、食事が実に美味しいし、食べられないぐらい出る。コストパフォーマンス最高と家族誰もが絶賛する宿だ。
ここで、ひねもすボーッと過ごしていれば、普通の旅行よりも安上がりで済んでしまう。

だから今年も上高地へ「山篭り」してきた。

(早朝の河童橋)

この状況には、自分が保守的になってきたのかな?とも思う。
もともと行き当たりばったりの旅が好きで、お盆であろうとGWであろうと宿の予約をしたことがほとんどなかった。
行き先を定めずに飛び出し、走れるだけ走って気に入った場所で宿泊する。そんな旅をこの25年来ずっと繰り返してきた。

宿というのは選びさえしなければ、お盆だろうとGWだろうとどんな時期でも泊まれるものだ。キャンセルが入ったとか、トラブル対処のために予備の部屋を設けていたとかそんな理由が大半だろう。あるいは幽霊が出るという理由もあるかもしれない。

現地での宿探しの方法も時代とともに変わってきた。25年前には公衆電話から近辺の宿に電話をかけまくった。町に観光案内所が空いていれば宿さがしを頼むのがベストだった。今ではスマートフォンを使って楽天トラベルやマップルトラベルあたりで調べられる。その上で宿に直接電話をかけて交渉をすればいい。実に便利になったものだ。

さて、こういう旅をしていると宿の当たり外れというのがある。僕はそれを「宿のロシアン・ルーレット」と呼び、ある意味楽しんできた。
だけどカミさんとって、それは「とんでもない話」だったようだ。
だから、こっちが忘れてしまっているようなあんな宿やこんな宿のことをよく覚えている。

僕と泊まったひどい宿の記憶を訪ねてみたら、
「一番忘れられないのは奈良井の民宿。相部屋だった。どうしようかと思った」と出てきた。
奈良井は今年も訪れたけど、これは1994年の話だ。たしか9月のシーズンオフの旅行だったので、飛び込みで泊まった商人宿のことだ。
「えっ、相部屋なんか泊まったっけ?知らない人と布団並べて寝たことなんてあったかな?」と尋ね返す。すると、
「だって、ふすま一枚へだてて隣におっさんが泊まっていたじゃない」と言う。
「それは、ふすまで仕切られていたから"相部屋"とは言わないよ」と旅館業法の第ナン条みたいな否定をしてみる。

(17年ぶりに訪れた奈良井の宿)

もうひとつ出てきた。
「ベットが傾いていたペンションがあった。冷房はないしカビ臭いし部屋の扉は閉まらないし、朝から半強制的にパンを作らされた」
「妙高のペンションの話だね。さあ出発しようって時にパンを作らされたのには閉口したけど、子供たちも喜んでいたからいいんじゃない」
これは2006年の話。富山からの帰り、一日で横浜まで戻るのが面倒くさくなって、場当たり式に泊まった宿だった。

さらに出てくる。
「三段峡で泊まった旅館。絶対に何かがいた」
「ああ、あそこはちょっと不気味だったね。」
1995年夏のこと。広島の三段峡で泊まった旅館だ。中国自動車道SAの公衆電話でさがした宿だった。幽霊が隣に座っていても気づかないぐらい鈍感な人間にもかかわらず、眼下を流れる川から得体の知れない「気」が上ってくるのを感じて、嫌な心持ちになったのが忘れられない。

さらに出てくる。
「青森の線路沿いのビジネスホテルもひどかった。建物は古いし、列車の走る音がうるさかった」
「あれは無条件に認める。でもいいおばちゃんだったぜ。八甲田山の幽霊話は面白かったし、朝食もおいしかった」

まだ出てくる。
「行ったら"手違いで満室でした"と言われて、他のペンションを案内されたことがあったわね」
「白馬のペンションね。でもお陰でグレードの高いペンションに泊まることができたじゃん」

まだまだ出てくる。
「猪苗代のコンドミニアム。あれはひどかった」
「ああ、あれは無条件に認める。本当に最悪だった」
猛暑なのに冷房はない、網戸はちゃんと閉まらない、隙間から虫が入ってくる、そして床には南京虫らしいのもいた。あんまりひどいのできちんとしたホテル施設の方に部屋を移してもらおうと頼んだけど「またきたか」という顔で満室ですと断られた。二度と泊まりたくない宿の歴代1位となった。ただし検察側がそのように主張したとしても、弁護側は素泊まり5000円だから情状酌量の余地ありと弁ずるだろう。

まあ、そうやって話していると、とどのつまり「安かろう悪かろう」の域を越えていないレベルの低い話ばかりだってことに気づく。そして、「宿」というものに対する僕の考え方が、いかにカミさんとかけ離れていたのかが、よく判った。

全然関係ないけど1994年に宿泊した長野の鹿教湯温泉の旅館のことを思い出した。夜遅い時間だったと思うが、女将のお父さん....認知症になっていたようだ....そのおじいちゃんが行方不明になった。
あんまりフロントがあわただしいので、お客も「どうした、どうした」となり、結局みんなで「どこだどこだ」と探しに行くことになった。

考えてみれば、見ず知らずの土地で真夜中に見ず知らずの人物を探すことぐらい、あてにならない話はない。とりあえず20分ほど宿の周辺の田んぼやら小川やらを探して歩いた。嫌な予感を感じながら宿に戻ると、くだんのじいちゃんは帰ってきていて、女将に叱られていた。
「じいじゃん、どこ行ってた!」
「うーん、どこ行ったか、わしゃ知らん」
なんだかこの会話がおかしくて、今でも忘れられない。

話を戻す。
そんな風にロシアンルーレット的に宿泊してきた宿の中でも、大当たりのいい宿はある。
裏磐梯のペンション「サッチモ
弘前のペンション「ル・カルフール」
蓼科のペンション「あーるいん」
これらはベストチョイスだったと、満場一致で可決された。

どこにも共通しているのは、部屋がきちんとしていて食事が美味しいことと、マンガや本が読み放題の談話室的な共有スペースがある点だ。もちろん、上高地の西糸屋山荘はこの条件をクリアしている。そのうえ談話室ではサービスでコーヒーが出る。朝いちで山荘の奥さんが松本のパン屋さんから運んでくるアップルパイが死ぬほど美味い。この2つセットで梓川を眺めながらボーッとしている時が自分にとっては至上の時だ。

(西糸屋山荘のコーヒーとアップルパイ)

こうした現在の状況を家族サイドから考えてみると「どこに連れて行かれるか分からない親父が珍しくベストチョイスしているわけだから、毎年同じ場所だとしてもここに行くのが一番無難だ」という消去法的な賛意が含まれているのは間違いないだろう。

そうやって話をしているウチに思った。
何のかんの言いながら、毎年こまめに家族を旅行に連れて行く。
自分という人間は結構いいお父さんなんじゃないかと。